栄三郎の三男として生まれたのがミチコの祖父にあたる吉郎である。昭和4年、吉郎は高山市内で食堂を開いた。店の名はスズメ食堂。高山では珍しかった洋食をメニューに入れ人気店となっていった。吉郎は食堂の主人だけでなく和歌などを詠む歌人として活動するほか、ある作家の支援をしていた。それは飛騨高山を代表する作家・江馬修である。名作「山の民」は明治初めの飛騨の人たちの生き様を壮絶に描いた物語。吉郎はその出版を助けていた。江馬修は「高山の歌人で、スズメ食堂の経営者の白川吉郎が、私の計画を知って出版資金を提供してくれることになった」などと書いていた。
