今回存在が明らかになったのは旧国家総動員関係死亡者名簿。旧厚生省が戦後1953年頃に作成していたもので国立公文書館に残されていた。記されているのは国家総動員法に基づいて軍需工場に動員され業務中に空襲などで亡くなった労働者や学徒などの犠牲者、全国各地の工場や学校の名簿が70冊の束にまとめられている。氏名や本籍地、死亡した日付と場所、死因の欄には爆死や即死など死亡時の詳しい状況が記されている。死因の多くは爆撃によるものだったが、集団赤痢による病死、自殺を意味する縊死など戦時下の厳しい環境を伺わせる記述もあった。厚生労働省によると戦後遺族への弔慰金を支給するため対象者を把握する目的で作成されたとみられている。専門家は戦後81年が経つ今大きな価値を持つ資料だという。大戦末期全国の主要な軍需工場を狙ったアメリカ軍による大規模な空襲。航空機製造や造船の拠点だった兵庫県も多くの犠牲者が出た。97歳の黒田さんは中学3年のとき工場に動員され爆撃の被害を目の当たりにしたという。黒田さんは「こういう名簿を作らなければならない戦争が二度と起こらないことを痛切に願う」と話した。一方で今回の名簿は今まで把握されていなかった犠牲者の特定に繋がる事がわかった。神戸空襲の死者は8000人以上とされているが、氏名が判明しているのは2310人ということだ。NHKは神戸空襲を記録する会とともに名簿に記載されていた神戸市内の犠牲者の氏名と団体が把握している犠牲者の氏名を照合した。結果名簿に記載されていた220人のうち205人が未把握の犠牲者と判明した。また犠牲者の本籍地を見ると、和歌山県や鹿児島県など広範囲で、全国各地から集められているということが分かった。
