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「竹島社中」 のテレビ露出情報

この日小林が訪ねた先は蒲郡市内にあるアクアリウムショップ。小学生の頃から毎日のように通い、店の人や常連客と魚の話をするのが楽しみだったという。魚を好きになったきっかけは漁師の祖父の存在。漁から戻って来る時に珍しい魚を持ってきてくれたという。その後、熱帯魚を自分で繁殖させて店に持ち込んでは月に4.5万円稼ぐことも。飼育員を目指し大学は水産学部に進んだが当時水族館の飼育員は欠員が出ない限り募集はなかった。なんとか潜り込んだのは廃れていた地元の竹島水族館だった。3年目の2005年に入館者数が過去最低の12万3000人を記録した。水族館は蒲郡市立で事態を重くみた市は廃館を検討。ここまでは天職を失ってしまうと危惧した小林は、立て直しのため自費で全国の水族館を視察した。しかし資金のない竹島水族館が真似できるようなことはなかなかなかった。そんな中小林はいろいろな水族館に共通する課題に気づく。それは水槽の横にある習性などを書いた解説看板。どこの水族館にいっても誰も解説看板をみていなかった。思いついたのは客が興味をもちそうな手書きの解説看板だった。しかし張り出した翌日には、出社すると剥がされてデスクの上に放られていた。その理由は手で書くなんてみずぼらしいと先輩にいわれたという。それでもめげずに看板を書いては貼っていると次第に小林に共感する仲間が現れた。2015年にはその仲間たちと法人をたちあげて水族館の運営権を獲得した。小林は館長になりこれまでとは違い、業績が悪ければ職を失うリスクを背負った。ここから小林はお金がなくてもできる改革をしていく。さらに、並行して進めたのが飼育員の意識改革。
飼育員の平松は帳簿を書いていたが、飼育員には1年分の予算と水槽を自由に作れる裁量を与えた。自分で選ぶ責任があるが平松はウエットスーツを着込んで海へ。

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