チコちゃんは「『毒』といえば紫色なのはなぜ?」と出題、正解は「『ドラクエ』が毒の沼地を紫色にしたから」。東京工芸大学・遠藤雅伸教授が解説。毒=紫のイメージを抱くのは日本人。外国人200人に調査した結果、82人が毒=緑と回答した。海外で毒=緑なのは人々を魅了した人工顔料の影響。18世紀以降にヨーロッパで開発され洋服、家具などに使われヨーロッパで大流行した。しかし原因不明の病気で亡くなる人が急増し、原因と考えられたのが顔料に含まれていたとされるヒ素。ナポレオン・ボナパルトも自宅の壁紙のヒ素で亡くなったという説がある。危険性から使用禁止となったが世界中に毒=緑の印象が広まったと考えられる。
大昔の日本は紫=高貴な色とされていた。紫色の染料が非常に希少だったため冠位十二階では最も位が高い色を紫と定めていた。しかし1856年、化学者ウィリアム・パーキンが紫色の染料を発見。大量生産できるようになり紫=高貴のイメージが薄れた。日本で毒=紫のイメージが定着したきっかけとなったのは「ドラゴンクエスト」。発売当時は毒の沼地は深い緑色だった。アメリカから伝わったロールプレイングゲームの世界観は中世ヨーロッパに近く当時のゲーム機は同時に表示できる色の数に制限があったため。草原・森・毒の沼地を緑色で表していたため紛らわしかった。しかし後続のゲーム機では同時に使用できる色の数が増え、1993年に発売されたドラクエシリーズから毒の沼地が紫色になった。これがきっかけで他のゲームも毒を紫で表現するようになり日本中に毒=紫のイメージが広がった。慶應義塾大学・國本学史教授
大昔の日本は紫=高貴な色とされていた。紫色の染料が非常に希少だったため冠位十二階では最も位が高い色を紫と定めていた。しかし1856年、化学者ウィリアム・パーキンが紫色の染料を発見。大量生産できるようになり紫=高貴のイメージが薄れた。日本で毒=紫のイメージが定着したきっかけとなったのは「ドラゴンクエスト」。発売当時は毒の沼地は深い緑色だった。アメリカから伝わったロールプレイングゲームの世界観は中世ヨーロッパに近く当時のゲーム機は同時に表示できる色の数に制限があったため。草原・森・毒の沼地を緑色で表していたため紛らわしかった。しかし後続のゲーム機では同時に使用できる色の数が増え、1993年に発売されたドラクエシリーズから毒の沼地が紫色になった。これがきっかけで他のゲームも毒を紫で表現するようになり日本中に毒=紫のイメージが広がった。慶應義塾大学・國本学史教授
