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「航空自衛隊 美保基地」 のテレビ露出情報

太平洋戦争戦時中鳥取県西部にあった旧海軍基地ではパイロットを目指す若者たちが訓練を積み戦争末期にはいわゆる特攻で命を落とした。若者たちを支えたのは倶楽部と呼ばれる基地周辺の一般家庭だった。千葉・白井で暮らす滝沢さん(91)の鳥取・米子市の実家には戦時中に旧海軍の依頼で食事や部屋を提供し旧海軍のパイロットを目指す練習生らが定期的に訪れていた。旧美保海軍航空隊ではパイロット育成のため15歳以上の海軍飛行予科練習生が訓練を積んでいた。滝沢さんの家には6人が訪れていたが戦況が悪化すると家族への手紙や写真を託していったという。予科練平和記念館には一般家庭がもてなしたという記録が残っていて元海軍飛行予科練習生の男性は大福を馳走になったことを書き記していた。練習生らにとっても自分を取り戻せるひとときで、市民にとっても倶楽部は国民として必要なやるべきことだったという。鳥取県遺族会では倶楽部の記憶を残す活動を行っている。当時県内では少なくとも5軒が倶楽部をしていて、その1人船越さんはの家では5人を受け入れ「“こんにちは”でなく“ただいま”と帰ってくる。彼らも我が家のようなつもりで来てくれていたんじゃないか」などとし国のために戦った彼らに尊敬の念を持っていたとした。特攻で終戦の3カ月前に亡くなった予科練習生について終戦間際の風潮の中で身近な人の死を悲しむことができず「とくかく戦争は絶対ダメということこれに尽きる」とした。

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