- 出演者
- 二宮直輝 坂下恵理 島田莉生
午後1時台のラインナップ。「鳥取局 戦地に向かう若者 支えた市民の思いは」などを放送する。
宮崎駅前のLIVE映像を交え、全国の天気予報を伝えた。
- キーワード
- 宮崎駅
台風や秋雨前線の影響で、県内では大気の状態が非常に不安定になり、今夜遅くにかけて線状降水帯が発生して大雨災害の危険度が急激に高まる恐れがある。気象台は低い土地の浸水や河川の増水と氾濫に警戒するとともに、土砂災害に十分注意するよう呼びかけている。
津波や水害などで公文書が水に濡れると行った被害が出た際の適切な対処方法を自治体の職員が学ぶ研修会が昨日高知市で開かれた。
いちき串木野市の海岸で中学生と高校生の合わせて3人が溺れ死亡した事故から今日で1週間。第十管区海上保安本部は天気や海の状況によっては泳ぐのをやめ、海で遊ぶときはライフジャケットの着用を徹底してほしいと呼びかけている。
NHKのニュースサイトから深堀り記事を紹介。今日の記事は「人見知りの私が、変わった夜」。高校卒業後上京して都内で1人暮らしする女性。職場では1人で業務にあたることが多く、同僚や上司と話す機会もあまりないという。そんな女性を上司がディスコに誘い通うように。今では毎週のように2人で通っているそう。
太平洋戦争戦時中鳥取県西部にあった旧海軍基地ではパイロットを目指す若者たちが訓練を積み戦争末期にはいわゆる特攻で命を落とした。若者たちを支えたのは倶楽部と呼ばれる基地周辺の一般家庭だった。千葉・白井で暮らす滝沢さん(91)の鳥取・米子市の実家には戦時中に旧海軍の依頼で食事や部屋を提供し旧海軍のパイロットを目指す練習生らが定期的に訪れていた。旧美保海軍航空隊ではパイロット育成のため15歳以上の海軍飛行予科練習生が訓練を積んでいた。滝沢さんの家には6人が訪れていたが戦況が悪化すると家族への手紙や写真を託していったという。予科練平和記念館には一般家庭がもてなしたという記録が残っていて元海軍飛行予科練習生の男性は大福を馳走になったことを書き記していた。練習生らにとっても自分を取り戻せるひとときで、市民にとっても倶楽部は国民として必要なやるべきことだったという。鳥取県遺族会では倶楽部の記憶を残す活動を行っている。当時県内では少なくとも5軒が倶楽部をしていて、その1人船越さんはの家では5人を受け入れ「“こんにちは”でなく“ただいま”と帰ってくる。彼らも我が家のようなつもりで来てくれていたんじゃないか」などとし国のために戦った彼らに尊敬の念を持っていたとした。特攻で終戦の3カ月前に亡くなった予科練習生について終戦間際の風潮の中で身近な人の死を悲しむことができず「とくかく戦争は絶対ダメということこれに尽きる」とした。
取材した鶴カメラマンは練習生にとっての倶楽部について「当時の練習生の手記には“倶楽部はオアシス、家に帰ったような心の和む憩いの場であった”との記述があるなど自分の実家のような場所だったと取材を通して感じた」「取材で当時の練習生たちは家族への手紙を倶楽部の人に託したり遺品となる身の回りのものを預けたりしていたこともわかった。今回5軒の倶楽部を取材、戦後も生き残った元練習生と倶楽部の家庭では地元の特産品などを送り合うなどする長く関わりを持っていた」などと話した。鳥取県遺族会では船越さんの証言を映像で記録、今後県内小中学校での平和学習に生かされていく予定ということ。
- キーワード
- 鳥取県
JAつがる弘前は大雨による農作物被害をおとといから調査し収穫直前の稲の一部が折れたり倒れたりする被害を確認。各地区で確認した被害情報を取りまとめ被害の全体像を把握する。
- キーワード
- つがる弘前農業協同組合弘前(青森)
記録的大雨で500棟超の住宅が浸水した氷見市では約60人がスポーツセンターに避難していてキッチンカーで作られたできたての食事がふるまわれた。
大樹漁港で秋サケの初水揚げが行われた。ことしは48万1000尾で去年より3%減少。
島原市の職員3人がヒップホップの音楽にのせダンスを披露しながら生ゴミの減量を訴える動画を公開した。再生回数は約10万回。
- キーワード
- 島原市
列島ニュースの番組宣伝。
