取材した鶴カメラマンは練習生にとっての倶楽部について「当時の練習生の手記には“倶楽部はオアシス、家に帰ったような心の和む憩いの場であった”との記述があるなど自分の実家のような場所だったと取材を通して感じた」「取材で当時の練習生たちは家族への手紙を倶楽部の人に託したり遺品となる身の回りのものを預けたりしていたこともわかった。今回5軒の倶楽部を取材、戦後も生き残った元練習生と倶楽部の家庭では地元の特産品などを送り合うなどする長く関わりを持っていた」などと話した。鳥取県遺族会では船越さんの証言を映像で記録、今後県内小中学校での平和学習に生かされていく予定ということ。
