飼い主が去勢手術を行わず放置された猫の救助にやってきたのは阪田泰志さん。阪田さんは名古屋で人間の身勝手な理由で捨てられたり放置された猫の保護活動を続けている。次々と猫を保護してしまうため12年前、まだ20代だった阪田さんが1000万円の借金をして「花の木シェルター」を作った。保護されているのは自分で生きていくことができない野良猫や、飼い主が飼うことができなくなった猫たち。その数およそ150匹。シェルターは連日、猫を引き取りたいというお客さんで賑わう。アルバイトを含めると現在スタッフは20人。新しい飼い主のもとへ猫を届けるときは必ず自分でというのが阪田さんの流儀。阪田さんは最後は自分が面倒を見る覚悟で高齢者にも猫を譲る。
阪田さんと出会ったのは5年前。懸命に野良猫たちと向き合っていた。その頃からの口ぐせは「僕は活動家ですボランティアではない」だったが、やってることはほぼボランティアという姿に大きな反響があった。放送後、山のように届いた支援物資。その後、人気動物番組への出演も重なり活動は安定していたという。運営がうまく回り始めた途端、ある炎上騒動が起きた。阪田さんが関わった月額380円でシェルターの猫を譲り受けることができる「ねこホーダイ」というサービスは、月に何百円の積み立てでもしもの時に備えられるという制度を作りたかったが、その狙いは世間には理解されず「猫の命を軽視している」と批判が殺到した。2024年12月、阪田さんは「ねこホーダイ」の元運営責任者と会った。阪田さんはシェルターとして提携していただけで、なまじメディアに出ていたために矢面に立ったという。結局「ねこホーダイ」はあっという間にサービス停止。その後運営会社も解散した。
阪田さんはまた1000万円もの借金をして「花の木シェルター 弐号館」を作っていた。メディアに出たことで集まった寄付金も、次々とやってくる猫の前では焼け石に水だ。奈良県に生まれ北海道の大学に進んだ阪田さんは卒論のテーマに「猫の殺処分問題」を選んだことで、あまりにむごい現状を知り29歳の時に1人で保護活動を始めた。それから14年、200匹を超えるシェルターには猫以外の仲間も増えた。不思議な生態のスタッフも増えていた。新人スタッフの石川さんは遅刻が日常茶飯。服飾専門学校を卒業しデザイン会社に務めていた石川さんは現在、阪田さんからSNS担当を任されている。結婚していて自宅には猫が7匹いる。
阪田さんを慕うスタッフたちはどこか不器用で、この社会では生きづらそうな人たちばかり。中でも阪田さんが気にかけているのが大学生の寺田さん。自らコミュニケーションが苦手だと言う。中学生の頃からいじめに遭い引っ込み思案になったという寺田さんは高校卒業後地元の工場に就職するが人間関係に苦しみ長くは続かなかった。25歳にしてもう一度大学を受験し人生をやり直している。寺田さんは白血病の猫に勇気をもらっているという。猫は容態が悪化し天国に旅立ってしまった。何日も出てこない寺田さんを心配する阪田さんの耳に信じ難い話が飛び込んできたのはそれから10日後のこと。
阪田さんと出会ったのは5年前。懸命に野良猫たちと向き合っていた。その頃からの口ぐせは「僕は活動家ですボランティアではない」だったが、やってることはほぼボランティアという姿に大きな反響があった。放送後、山のように届いた支援物資。その後、人気動物番組への出演も重なり活動は安定していたという。運営がうまく回り始めた途端、ある炎上騒動が起きた。阪田さんが関わった月額380円でシェルターの猫を譲り受けることができる「ねこホーダイ」というサービスは、月に何百円の積み立てでもしもの時に備えられるという制度を作りたかったが、その狙いは世間には理解されず「猫の命を軽視している」と批判が殺到した。2024年12月、阪田さんは「ねこホーダイ」の元運営責任者と会った。阪田さんはシェルターとして提携していただけで、なまじメディアに出ていたために矢面に立ったという。結局「ねこホーダイ」はあっという間にサービス停止。その後運営会社も解散した。
阪田さんはまた1000万円もの借金をして「花の木シェルター 弐号館」を作っていた。メディアに出たことで集まった寄付金も、次々とやってくる猫の前では焼け石に水だ。奈良県に生まれ北海道の大学に進んだ阪田さんは卒論のテーマに「猫の殺処分問題」を選んだことで、あまりにむごい現状を知り29歳の時に1人で保護活動を始めた。それから14年、200匹を超えるシェルターには猫以外の仲間も増えた。不思議な生態のスタッフも増えていた。新人スタッフの石川さんは遅刻が日常茶飯。服飾専門学校を卒業しデザイン会社に務めていた石川さんは現在、阪田さんからSNS担当を任されている。結婚していて自宅には猫が7匹いる。
阪田さんを慕うスタッフたちはどこか不器用で、この社会では生きづらそうな人たちばかり。中でも阪田さんが気にかけているのが大学生の寺田さん。自らコミュニケーションが苦手だと言う。中学生の頃からいじめに遭い引っ込み思案になったという寺田さんは高校卒業後地元の工場に就職するが人間関係に苦しみ長くは続かなかった。25歳にしてもう一度大学を受験し人生をやり直している。寺田さんは白血病の猫に勇気をもらっているという。猫は容態が悪化し天国に旅立ってしまった。何日も出てこない寺田さんを心配する阪田さんの耳に信じ難い話が飛び込んできたのはそれから10日後のこと。
