治助イモは、明治時代に治助さんが隣の檜原村から種芋を持ち帰り奥多摩町で育て始めたことから名前が付いたと言われている。斜面など水はけが良い土壌で育てることで根腐れを防ぎ美味しく育つ。戦後の食糧難の時に収穫量が多い男爵などが主流になり、治助イモが減少したという。現在では治助イモを後世に残すため、2012年に商標登録。ブランドイモとして栽培に取り組んでいる。反面、高齢化による生産者不足などが問題に。治助イモは奥多摩町内の旅館・飲食店などでしか食べられず、幻のイモと呼ばれている。
住所: 東京都西多摩郡奥多摩町氷川1446