荻窪の荻外荘は伊藤忠太設計で昭和2年創建の個人住宅。敷地面積はおよそ2000坪で南に面しなだらかな丘の上に立つ。建坪120坪ほどの木造平屋建て。荻外荘とは荻窪の外れにあるという意味とも言われている。戦前の写真をもとに、令和6年に忠実に復元された。設計者の伊藤忠太は築地本願寺などを手掛けた異色の建築家で、日和洋折衷の日本建築を追究し続けた。医師で義兄の入澤達吉の要請を受けて、住宅建築の依頼をされたが自分の思う通りの家を建てたいと申し出た。伊藤忠太に詳しい専門家は住宅を近代的に、施主のために作っいくか挑戦が現れているという。玄関の向かいには、応接間。螺鈿細工が施されたテーブルとイス。天井には龍の絵が4枚。伊藤忠太は、洋館のスタイルである応接間を入澤の中国趣味で設えた。床の敷瓦にも龍のデザインがあり、昭和12年からこの家の主となったのは三度内閣総理大臣を務めた近衞文麿。
