葛西臨海公園での事業に大きな魅力を感じていた鈴木。しかし社内プレゼンをしたがその反応は否定的だったという。当時の葛西臨海公園はやんちゃな若者たちのたまり場になっていて住民の憩いの場とはかけ離れた場所になっていたという。それでも鈴木は反対を押し切って公園事業に乗り出す。以前ハワイでウエディングのプロデュースに成功。そのノウハウを葛西でもいかせるのではと思った。しかし自治体に提案してみたがその提案を疑問視されたが鈴木はこんなにこの公園のことをネガティブにとらえているのかと直で感じたという。それならばとファミリー層に使い勝手の良い公園に変えていこうと思いついた。まず子どもたちが楽しく遊べるキッズスペースを設置し親はそれを見守りながら食事がとれるようになった。さらに、ファミリー層に施設をしってもらうための様々なイベントをうっていく。バーベキューとセットの体操教室や、魚をさばける体験イベントを実施。そんなことを続けていくと公園の客層も少しずつ変化。今では劇的に変化した。鈴木はバーテンダーだった時代にはお客と1本の酒越しに客と話すと自分の気持ちが引き出されるという。それを受け止め返すというのがとてつもなく楽しかったという。また病気について手術では大腿骨を全部削り取る必要があったという。またその過程でトライアスロンをするようになり公園事業をするまでに至ったという鈴木。もしトライアスロンに出会っていなければこういう発想に向かなかったと思うと語った。また葛西臨海公園については当時治安が悪かったが葛西という場所自体荒い街だとは聞いていたという。しかしどんどんマンションが建設されるというのは聞いていて、そこに家族で使える公園を作れば集えると思ったという。公園を再生してからは、客層は不思議とだんだんとファミリー層に変化していったと答えた。