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「藤原京」 のテレビ露出情報

持統天皇の悪評の理由とは。天武天皇と持統天皇の最大の悩みは後継ぎ問題だった。ふたりの間には草壁皇子というひとり息子がいたが、ほかの妻たちから産まれた別の皇子がおり、中でも強力なライバルだったのが大津皇子。天武天皇と持統天皇は奈良・吉野に6人の皇子を集めて、天皇の後継者は草壁皇子と宣言した儀式を行った。
天武天皇が崩御すると、大津皇子が謀反を企てたと捕らえられ、自害した。この謀反事件は、いまでは持統天皇の陰謀だったという説が主流となっている。しかし、漫画家・里中満智子は異を唱える。大津皇子を許したとしたら、政府を二分することになってしまうため、国の安定を思えば判断しなければならなかったと語る。謀反事件後、草壁皇子が死去。持統天皇は新しい即位システムを取り入れた。これまでは豪族たちの推薦で即位する形だったが、天皇としての権威の源を天の神々に求めた。神として即位する形を制度化し、その後引き継がれていった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年9月9日放送 22:00 - 22:45 NHK総合
歴史探偵(歴史探偵)
奈良・八木札の辻は持統天皇時代の一番の交通の要衝で、都と地方を結ぶ幹線道路の交差点だった。当時の道幅は23m。群馬県太田市で持統天皇時代の直線道路が見つかった。古代国家の力が地方にまで及んでいたことが判明した。また、鳥取県鳥取市でも山を切り崩して尾幅9mの直線道路が造られていたことが分かった。藤原京から全国へ道路の整備が飛躍的に進んだ。天皇が日本全国を把握し[…続きを読む]

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