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「長岡戦災資料館」 のテレビ露出情報

3月10日は81年前に東京大空襲があった日。アメリカ軍の焼夷弾で10万人もの命が奪われた。東京・中央区の常盤小学校の地下には防空壕がある。東京大空襲では1600トン以上の焼夷弾で町は炎に包まれた。6歳だった西尾静子さんは父親に「学校の防空壕に避難しろ」と指示され高校の防空壕に避難したという。空襲が収まり外に出ると黒焦げの遺体が積み重なっていたという。福岡市にある1921年創業の「立石ガクブチ店」は床下には8畳ほどの“家庭用”防空壕があるが使われることはなかったという。1945年6月の福岡大空襲では一家は公園に避難したという。「中にいたら死ぬ」という噂が流れてきたという。1940年に内務省が出した防空壕の作り方が記された文書には、防空壕は応急的退避施設だと書かれていた。国は戦争を続けるため空襲で戦意を失わないよう、焼夷弾は簡単に消せると伝え、防空法で逃げることを禁じ消火を義務付けた。富山市や愛知・豊川市など全国で防空壕の中で市民が犠牲になるケースが相次いだ。東京大空襲・戦災資料センターに展示されている防空壕の模型。当時8歳だった二瓶さんの記憶を基に再現したもので周りを土嚢で囲っただけの簡素なものだった。
住所: 新潟県長岡市城内町2-6-7
URL: http://www.city.nagaoka.niigata.jp/kurashi/sensai/siryoukan.html

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年8月25日放送 16:05 - 17:00 NHK総合
午後LIVE ニュースーンおとりよせ@新潟
長岡空襲から80年。空襲を経験した一人が小説家の阿刀田高さん。直木賞を受賞している。空襲の記憶などをインタビューした。

2025年8月15日放送 5:00 - 6:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本(ニュース)
小説家の阿刀田高さんは子ども時代長岡で生活し1945年8月1日の夜B29が120機以上襲来し焼夷弾を投下した。2週間後終戦を迎え戦後の社会変化に阿刀田高さんは不信感をもたらした。その後は各地で平和を訴える活動をしてきた。日本が大切にするべきことについて「正しいと言われることを素朴に守っていく」と話した。

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