原爆で市中心部が焼け野原となる中、奇跡的に焼失を免れた建物はかつて、酒店やレストランバーとして地域で親しまれていたが、所有者は建物の老朽化や維持費負担が重くなったことから苦渋の決断をし、現在は駐車場となった。また長崎銀行は今月、爆心地から3キロほどにある旧本店の建物を解体することに決めた。こうした被爆の歴史を伝える建物は、市の保存対象となった一部を除き、個人や企業などの民間によって維持・管理されていることがほとんどだという。しかし今、自力での対応に限界をむかえ、次々と姿が消えようとしている。さらに建物ばかりでなく、被爆資料も繋いでいくことが難しくなっている。長崎大学は被爆した唯一の医科大学としての歴史があり、大学には様々な資料が残されている。大切に保管してきたものの一つである「血染めの白衣」は、のちに被爆者の医療に力を尽くした西森一正医師が着用していたもの。「血染めの白衣」は年月の経過とともに劣化が進行し、カビのようなものも広がり、このままでは保存を続けていくことが難しいことから危機感を抱いた長崎大学は、資料修復へ。しかし必要な費用が少なくとも800万円であることから、大学はクラウドファンディングを行い、目標の3倍となる寄付が集まり、先月から修復の専門家である宇佐美直治さんによる、「血染めの白衣」の修復が始まった。血などの“原爆の傷跡”を残しながら、傷みの原因である“カビの痕跡”を取り除くという両立を求められる繊細な作業なため、1日で進められる作業はわずかな範囲だが、来年の春ごろに全ての作業を終えることを目指している。一方で、修復を終えても貴重な資料を保存し続けることは簡単なことではない。被爆者なき時代が迫る中、“モノ”に刻まれた被爆の記憶をどう未来へ残していくかの模索は続く。
住所: 長崎県長崎市栄町3-14
