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「ETV2002「老いをどう生きるか」」 のテレビ露出情報

きょうは去年82歳で生涯を終えた歌手の橋幸夫さん。橋さんは昭和18年、東京生まれ。母は歌が好きで家の中ではいつも音楽が流れていた。中学時代、ボクシングに熱中し、やんちゃな友達とも付き合うようになった。母が心配して友達と離そうと作曲家・遠藤実さんの歌謡教室に通うことになり、歌手としての基本を教わった。高校1年生でオーディションに合格。作曲家・吉田正さんの門下生になった。昭和35年、17歳の時に「潮来笠」でデビュー。当時ロカビリーブームだった歌謡界に着物姿で颯爽と現れた橋さんは鮮烈な印象を与えた。日本レコード大賞新人賞を受賞。紅白歌合戦への出場も果たした。両親が営む呉服店には連日多くのファンが詰めかけた。橋さんはレコード会社から持ち込まれた企画で青春スターとして圧倒的な人気を誇っていた吉永小百合さんと「いつでも夢を」でデュエット。2人が初めて歌ったのは日本レコード大賞を受賞したステージだった。橋さんは同時期にデビューした舟木一夫さん、西郷輝彦さんと共に歌謡界の御三家と呼ばれ一世を風靡した。人気の背景にはデビューの時から曲を作り続けてきた吉田正さんの時代を読む力があった。昭和39年に発表した「恋をするなら」は海外で流行していたエレキギターのサウンドをいち早く取り入れた。こうした曲はリズム歌謡と呼ばれ、新たなジャンルとなった。「子連れ狼」では児童合唱団のコーラスが続き、サビまで橋さんの歌声が出てこないという異例の構成で人々を驚かせた。
17年連続で紅白歌合戦に出場した橋さん。40代に入ると心境に変化が起こった。橋さんはレコード会社の副社長となり、裏方の仕事に没頭。歌手活動から遠ざかるようになった。その頃、ずっと応援してくれた母・サクさんが認知症を患い、夫婦での介護生活が始まった。その体験を綴った著書「お母さんは宇宙人」は症状が進む母の介護で苦しみ抜いた末、たどり着いた発想だった。サクさんは最後まで心にとどめていたことが「潮来笠」だった。サクさんが亡くなった平成2年、橋さんは母への思いを胸に14年ぶりに紅白歌合戦に出場し、再び歌に向かい合おうと決意した。連続テレビ小説「あまちゃん」では劇中で「いつでも夢を」が歌われ、半世紀ぶりに注目を集めた。橋さんも本人役でドラマに出演。歌を天命と思い、長年にわたって日本の歌謡界をけん引した82年の生涯だった。橋さんは「その1曲がどれほど人生と結びついていくのか。私も歌を歌っていて大事だと思っていたけど聴く人はそうじゃない。その何倍か何十倍かもわからない。1曲1曲を大切に歌っていこうと思った」と語っていた。

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