第20位は天下人を支えた名補佐官・豊臣秀長。兄・秀吉の後を追い、農民から侍となった秀長は秀吉と共に数々の戦で大活躍したが、兄より先に病で死去。80代に豊臣秀長が支持される理由は1985年に出版された「豊臣秀長-ある補佐役の生涯-」。秀長を名補佐官として描いた小説で当時00万部以上を売り上げた。1985年当時、働き世代だった80代の皆さんは補佐役として秀吉を支える秀長に共感した。秀長が死んだせいで秀吉は制御できなくなったと言われている。秀長は秀吉と大名たちとの仲介役を担っていた。歴史学者・国際日本文化研究センター教授・磯田道史先生は「秀長の功績はお城に行くといい。秀吉一族がつくった城下町は後世の城下町jの手本になる。庶民ならではの感覚が生きている」と話した。豊臣秀長が領主を務めた奈良県大和郡山市へ調査に向かった。
