- 出演者
- 松島聡(timelesz) 菊池風磨(timelesz) 佐藤勝利(timelesz) 橋本将生(timelesz) 猪俣周杜(timelesz) 篠塚大輝(timelesz) 寺西拓人(timelesz) 原嘉孝(timelesz) 石原良純 山崎弘也(アンタッチャブル) 高橋英樹 伊集院光 村山輝星
日本には時代を超えて受け継がれてきた好きがある。江戸時代に発行された好きな武将の番付表。日本人は約400年前から好きを語り比べてきた。世代も価値観も多様になった2026年の日本で時を超え、全世代に愛されるものとは。その答えをtimeleszが徹底調査。今年は織田信長の安土城築城から450年。さらに豊臣秀吉にも再び注目が集まるなど戦国武将が現代と強く繋がる年。今夜は戦国武将ランキング。10~80代の各世代1000人、合計8000人に調査した結果を大発表。全世代から愛されるNo.1武将とは。
全世代に聞いた!好きな戦国武将ランキング。第15位・今川義元は20代から圧倒的な人気の武将。ポイントが伸びなかった50代、60代の意見は「愚将」「情けない」。一方、20代は「頭が良く先進的」「静岡の礎を築く」という意見があった。若き家康に学びを与えた今川義元は公家とも仲良しで和歌や蹴鞠などの教養も併せ持つ文武両道の武将。桶狭間の戦いでは圧倒的に有利な戦力差にもかかわらず、織田信長に討たれてしまった。桶狭間で惨敗した軟弱な武将のイメージが強いが、若者に人気な理由は義元の歴史的評価が変わってきた。今川研究の第一人者の歴史学者・小和田哲男先生が気付いた川中島の戦いの再研究をきっかけに、今では頭が良く、国を整備し、外交上手な名将として再評価されている。
再評価の影響はゲームにも及んでいる。1983年に発売された歴史シミュレーションゲーム「信長の野望」は今も新作が出続けているが、今の今川義元は非常に魅力的な描かれ方をしているという。再評価される前の2001年、再評価された後の2009年、2022年の今川義元のビジュアルを紹介。近年の再評価で今川義元の地元・静岡で変化が起きている。これまで今川義元の銅像が無かったが、生誕500年目にして静岡駅前に銅像が建立。静岡駅に東海軒の幕の内弁当があるが、これまで30年以上、武田信玄のパッケージデザインだったが、再評価され今川義元が採用された。今川義元が20代から支持を集めた理由は近年の再評価と大人気ゲームの影響。
第14位は加藤清正。加藤清正は豊臣秀吉に仕え、数々の武功をあげた武将。虎退治の逸話を持ちながらも難攻不落の熊本城を築いた名将。80代に大人気。ポイントが伸びなかった10代、20代は「全然分からない」と言う一方、70代~80代からは「加藤清正しかいない」「土木の神様」という意見が聞かれた。熊本城は日本三名城に数えられる難攻不落の要塞。当時、熊本城周囲は洪水が起きやすかった。大きく曲がった白川を清正が直線にして内堀と外堀に使い分けて洪水問題を解決。当時、熊本は農業用水路が火山灰で詰まりやすかったが、清正が約400年前に造った水路「鼻ぐり井手」は今も使われている。水路にある仕切りには穴が空いていて、壁に水流が当たることで渦が発生し、土砂が巻き上げられることで詰まらずに下流まで流れていく。
土木の神様・加藤清正が80代から支持を集める理由について元国土交通省河川局長・竹村公太郎先生は「加藤清正が戦国時代が終わったあと熊本のインフラ、社会を作った。動乱の時代が終わって国づくりにタッチしていった80歳代の人たちはシンパシーを感じている」と語った。80代の皆さんは日本で土木工事が盛んに行われていた高度経済成長期が青春ど真ん中。国全体が「とにかくつくれ!」モード。ダム、地下鉄、高速道路、電波塔などあらゆる分野が急拡大。当時の技術者、土木職はヒーローのような側面もあった。1968年公開の映画「黒部の太陽」は日本の高度経済成長を象徴する黒部ダム建設の壮絶な舞台裏を描いた物語。加藤清正が80代から人気の理由は昭和の復興期、清正は国民のヒーローだった。
10代~80代各世代1000人、合計8000人に聞いた好きな戦国武将ベスト20を発表する。timeleszのメンバー8人が各世代を担当し、忍びとして人気の理由を調査報告する。第1位の予想について石原良純は「家康じゃないかな。僕らの世代は信長」、村山輝星は「上杉謙信、真田信繁」とコメントした。
第13位は浅井長政。「家族思い」「理想の父親」など全世代から幅広く人気。長政は織田信長の妹・お市の方と結婚していたが、信長との同盟が決裂し敵として狙われる存在となった。長政は信長に攻撃され自害を決意したが、愛する妻と3人の娘だけは信長のもとへ帰した。浅井長政と家族の絆がわかる超貴重お宝の撮影に成功した。普段は完全非公開の品物。滋賀県の長浜城歴史博物館にあるお宝とは、約400年前に描かれた浅井長政の肖像画。長政のお召し物に感動の逸話が詰まっているという。浅井長政の死後、孫が祖父の功績を世に広めたため朝廷から官位が与えられ、肖像画が描かれた。生前叶わなかった長政の礼服姿を孫が肖像画として叶えてあげた。
好きな戦国武将ランキング第20位は10代と80代から熱い支持があり、80代からは絶賛コメントが届いた。80代から大人気、兄弟で名を残した戦国武将とは。
第20位は天下人を支えた名補佐官・豊臣秀長。兄・秀吉の後を追い、農民から侍となった秀長は秀吉と共に数々の戦で大活躍したが、兄より先に病で死去。80代に豊臣秀長が支持される理由は1985年に出版された「豊臣秀長-ある補佐役の生涯-」。秀長を名補佐官として描いた小説で当時00万部以上を売り上げた。1985年当時、働き世代だった80代の皆さんは補佐役として秀吉を支える秀長に共感した。秀長が死んだせいで秀吉は制御できなくなったと言われている。秀長は秀吉と大名たちとの仲介役を担っていた。歴史学者・国際日本文化研究センター教授・磯田道史先生は「秀長の功績はお城に行くといい。秀吉一族がつくった城下町は後世の城下町jの手本になる。庶民ならではの感覚が生きている」と話した。豊臣秀長が領主を務めた奈良県大和郡山市へ調査に向かった。
城下町で豊臣秀長の名補佐官ぶりをロバート・山本博が調査。加藤先生によると、戦国時代の奈良はお寺の権力が強く、武将が支配するのは難しかった。秀長が奈良を治めた秘密は城町の地名に注目すると分かる。秀長はこれまで奈良の中心だったお寺のエリアから大和郡山へ商人たちを呼び寄せ、寺の勢力も弱めながら経済を発展させた。秀長が大和郡山の領主になった1585年創業の本家菊屋では今も店の名物である豊臣兄弟ゆかりのスイーツがある。問題「秀長が秀吉のために作らせた『うぐいす餅』何を使ったお菓子?」。正解「きな粉」。創業以来伝わる伝統のお菓子「御城之口餅」は店主・菊岡さんの先祖が秀長と一緒に開発したという。秀吉をもてなすため、きな粉を使った珍しいスイーツを開発。約450年前に先祖がうぐいす餅を秀長に献上し、秀吉が非常に気に入ったという。ウグイスは本来は茶褐色で、黄緑色のメジロと混同されがち。
第19位は若い世代から大人気だった上杉謙信の後継者・上杉景勝。景勝は義理の父である上杉謙信の死後、豊臣秀吉に従って今の福島を支配していた大名。徳川家康に領地を奪われ、石高4分の1の米沢(山形県)に移住させられた。問題「若者に人気のゲームに登場する景勝が所持していたモノとは?」。正解「刀」。2015年にサービスを開始した「刀剣乱舞ONLINE」は戦国武将が所有していた名刀の化身がキャラクターとして登場する。ゲームをきっかけに実際の刀や景勝にハマる若者も続出中。
第18位は山内一豊。一豊は若い頃から主君を変えながら出世し、関ケ原の戦いの際、妻・千代が敵である石田三成の動きを察知し一豊に知らせたことで勝利につながった。一豊は20代と30代だけでなく70代からも人気があるのが特徴。この2つの世代を繫ぐ共通点があった。
第18位の山内一豊が人気の理由は20代と30代、70代の2つの世代を繫ぐ共通点がある。70代に人気の理由は1965年、山内一豊と妻・千代を描いた小説「功名が辻」が発売されたから。20代30代に人気の理由は2006年放送の大河ドラマ「功名が辻」を観ていたから。
第17位はドラマの主人公としても注目を集めた直江兼続。19位の上杉景勝に仕えた家老。徳川家康に挑発的な手紙を送り、関ヶ原の戦いの大きな引き金となったとも言われている。50代~70代から支持を集めた。一方、20代でも兼続の特徴でもある愛の兜は知っていた。当時「愛」の意味は現代の意味とは違う。兼続が信仰していた戦の神・愛染明王の名前からとったとされている。
第16位、50代~70代に人気の大坂の陣で活躍した武将とは。
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第16位は70代から大人気・真田信繁。大阪冬の陣では徳川軍に大打撃を与え引き分けに持ち込み、夏の陣では徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めた。圧倒的な強さから「日本一の兵」と呼ばれた。70代から支持される理由は、1960~70年代に真田信繁の作品「真田十勇士」が流行したこと。割田喜一郎さんは、真田系列の割田の一族で、祖父がいつも持っていたという手裏剣を披露。幼い頃に投げ方を教わり、今でも時々練習しているという。真田十勇士の1人・猿飛佐助は架空の人物と思われているが、実在モデルが愛用したお宝・刀が存在する。
第12位は50代~70代から熱い支持がある前田利家。元々は尾張国(愛知)出身で織田信長に仕えた。長槍を操り、数々の戦で武功を重ね、1583年に金沢城の主になった。金沢を発展させ、加賀百万石の礎を築いた。金沢は今や海外からも注目され、ナショナルジオグラフィックによる「今こそ訪れたい世界の旅先25 2025年版」に東アジアで唯一選出された。金沢発展の大きなきっかけが分かる前田利家のお宝をテレビ初公開。お宝とは利家が千利休から譲り受けたというお茶道具。利休小肩衝は抹茶をいれるための陶磁器で美術的価値の高い由緒ある名品。利家は勇猛な武将というイメージがあるが、茶の湯を通して武将としても大きくなった。歴史学者・国際日本文化研究センター教授・磯田道史先生によると戦国武将は茶会を通じて権力を誇示し、政治的な社交場としても利用していた。利家が茶道を奨励したことをキッカケに和菓子文化が発展。さらに九谷焼や大樋焼などの焼き物文化も発展した。職人や商売人も増えて街も発展した。50~70代に人気の理由は金沢文化の礎を利家が築いたから。利家の子孫の方もある“飲み物”に精通していた。加賀前田家19代当主・前田利宜さんは創業から86年のイノダコーヒの社長。
第11位は真田昌幸。70代、80代からの圧倒的な人気。評価の理由は戦乱の世で処世術を駆使し、家名を存続させた姿勢が支持できる。真田昌幸は生涯主君を変え続けた武将。武田、織田、北条、徳川、上杉、豊臣と点々としている。そこにはどんな狙いがあったのか、真田家の子孫である嘉悦大学副学長・真田幸光さんに取材した。「死ぬまで生きよ」という家訓があり、昌幸は家を守るためにどこで誰と手を結ぶか常に考え見極めていた。
高橋英樹は「友達みたいな名前が出てくるのが嬉しい」とコメントした。
20代を中心に若い世代から大人気。理由を聞くと「勇猛果敢なイメージ」「赤鬼と呼ばれた」「徳川四天王」という意見が聞かれた。第10位は勇猛果敢な赤き猛将・井伊直政。15歳で徳川家康の家臣になり、徳川四天王まで上り詰めた若き武将。赤で統一された鎧で戦う様は鬼の如し。付いた異名は「井伊の赤鬼」。井伊直政には美少年説がある。江戸時代の随筆には直政のことを「美麗の少年」と書いてある。令和で直政が美少年と言われるのは大河ドラマ「おんな城主 直虎」で菅田将暉さんが演じていたのがきっかけ。今回、直政が勇猛な名将だったことを示すお宝を調査した。子孫は井伊美術館館長で井伊直政の子孫でもある井伊達夫さん。こちらでは赤鬼の由来にもなった赤鎧など歴史的価値の高い品が数多く所蔵されている。
