第14位は加藤清正。加藤清正は豊臣秀吉に仕え、数々の武功をあげた武将。虎退治の逸話を持ちながらも難攻不落の熊本城を築いた名将。80代に大人気。ポイントが伸びなかった10代、20代は「全然分からない」と言う一方、70代~80代からは「加藤清正しかいない」「土木の神様」という意見が聞かれた。熊本城は日本三名城に数えられる難攻不落の要塞。当時、熊本城周囲は洪水が起きやすかった。大きく曲がった白川を清正が直線にして内堀と外堀に使い分けて洪水問題を解決。当時、熊本は農業用水路が火山灰で詰まりやすかったが、清正が約400年前に造った水路「鼻ぐり井手」は今も使われている。水路にある仕切りには穴が空いていて、壁に水流が当たることで渦が発生し、土砂が巻き上げられることで詰まらずに下流まで流れていく。
土木の神様・加藤清正が80代から支持を集める理由について元国土交通省河川局長・竹村公太郎先生は「加藤清正が戦国時代が終わったあと熊本のインフラ、社会を作った。動乱の時代が終わって国づくりにタッチしていった80歳代の人たちはシンパシーを感じている」と語った。80代の皆さんは日本で土木工事が盛んに行われていた高度経済成長期が青春ど真ん中。国全体が「とにかくつくれ!」モード。ダム、地下鉄、高速道路、電波塔などあらゆる分野が急拡大。当時の技術者、土木職はヒーローのような側面もあった。1968年公開の映画「黒部の太陽」は日本の高度経済成長を象徴する黒部ダム建設の壮絶な舞台裏を描いた物語。加藤清正が80代から人気の理由は昭和の復興期、清正は国民のヒーローだった。
土木の神様・加藤清正が80代から支持を集める理由について元国土交通省河川局長・竹村公太郎先生は「加藤清正が戦国時代が終わったあと熊本のインフラ、社会を作った。動乱の時代が終わって国づくりにタッチしていった80歳代の人たちはシンパシーを感じている」と語った。80代の皆さんは日本で土木工事が盛んに行われていた高度経済成長期が青春ど真ん中。国全体が「とにかくつくれ!」モード。ダム、地下鉄、高速道路、電波塔などあらゆる分野が急拡大。当時の技術者、土木職はヒーローのような側面もあった。1968年公開の映画「黒部の太陽」は日本の高度経済成長を象徴する黒部ダム建設の壮絶な舞台裏を描いた物語。加藤清正が80代から人気の理由は昭和の復興期、清正は国民のヒーローだった。
住所: 熊本県熊本市本丸1-1
URL: http://www.manyou-kumamoto.jp/castle/
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