新発見で迫る戦国日本 オランダ商人の記録

2024年3月21日放送 1:39 - 1:48 NHK総合
NHKスペシャル 戦国ー激動の世界と日本ー

オランダの国立公文書館には、日本に滞在したオランダ商人が書き残した日誌や手紙など500件以上が保管されている。この文書にはオランダ商人が戦国日本にビジネスチャンスを見出していたことが記されていた。オランダと日本の出会いは1600年4月、オランダの貿易船が難破して日本に辿り着いたことから始まる。貿易船には最新式の鉄砲や弾薬が大量に積み込まれており、これに目を着けたのが徳川家康。家康は自ら生き残りの船員を尋問し、豊臣家に対抗する軍事力を揃えるために船員を家臣として召し抱える。こうして、船に積まれていた大量の武器弾薬は家康の手に収まることとなった。
オランダが日本へ来た背景には、当時支配下にあったスペインとの独立戦争が関わっている。当時のスペインは世界中に植民地を擁し、無敵艦隊に代表される世界有数の軍事力を誇っていた。劣勢に立たされたオランダは富国強兵を画策し、その手段が貿易による富の獲得であったのだ。オランダ船の漂着から半年後、1660年10月21日には徳川家康と石田三成ら豊臣家の武将が激突した関ヶ原合戦が巻き起こる。この決戦で徳川家はオランダ製の武器による火力で豊臣勢を圧倒し、天下へ大きく近づいた。しかしながら、多数の武将を抱える豊臣秀頼は未だ最大の障壁として残っていた。同じ頃、ヨーロッパでは世界初の株式会社であるオランダ東インド会社が誕生。オランダ東インド会社には外国の領主と条約を結べる権利や貨幣の鋳造権など、防疫官するあらゆる権限が与えられており、迅速な海外進出によりスペインの権益を奪取することを狙っていた。


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