聞くことのなかった父方のルーツ

2024年11月4日放送 19:59 - 20:15 NHK総合
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椿鬼奴(旧姓・宮崎雅代)は昭和47(1972)年生まれ。雅代のルーツを探る。父方の祖父・武吉は弁護士だった。武吉の戸籍を調べると結婚するまでは井上姓だったことが分かった。雅代の5代前にあたる初代・井上嘉助は大阪・南久宝寺町の一角で筆記用の墨を扱う店の大番頭として店を切り盛りしていた。3代目・嘉助は病で43歳の若さで亡くなっている。3代目・嘉助の子どもが武吉。武吉は尋常小学校を卒業後、親戚のいる京都の乾物店へ丁稚奉公に出された。武吉は丁稚奉公をしながら現在の中学にあたる高等小学校を卒業。さらにその後は明進学館という夜学の学習塾まで通った。後に武吉は京都帝国大学に入学。武吉が31歳の時だった。卒業後は国家公務員の資格も取り、高級官僚への道を歩んだ。しかし、頑固一徹の性格が裏目に出て、わずか4年で退職。原因は上司との喧嘩だった。その後、連続テレビ小説「虎に翼」と同じ時期に弁護士になった。
武吉の次男として生まれたのが、雅代の父・康生。武吉は康生が6歳になると、今で言うお受験をさせ、大阪屈指のエリート校に入れる。自らの苦労した経験から学歴を重んじ、教育熱心だった武吉。家の中では近寄りがたく、威厳のある存在だったという。いつしか康生はあまり感情を表に出さない大人びた子どもへと育つ。大学を卒業した康生は鉄鋼関係の商社の営業部で働いた。瞬く間に営業部のエースとなっていった。そんな康生に熱い視線を送っていたのが8歳年下の摂野。後に雅代の母となる女性。


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