おかべろ 金メダリスト・ウルフアロン 栄光と挫折の仰天人生
ウルフアロンの栄光と挫折の仰天人生を紐解いていく。小学校入学する手前で身長130cm、体重30kgあり、母型の祖父から進められて柔道を始めた。初めて練習に行ったときに、ルールが複雑でつまらなくて、練習後、監督に面白かったか?と聞かれて、つまらないと答えようとして顔上げたら、顔が怖かったので面白かったですと言ったら次の日から通うことになってしまった。小学生の頃は体が大きければなんとなく勝てる。6年くらいになってくると周りが練習を始め勝てなくなってきた。中学校に入って、後輩に負け「弱いね」と言われ号泣し本気になったという。高校に入っても柔道を続け、その後輩が付いてきて同じ高校に入ってきた。後輩には一回も負けなかったという。大学の時、全日本選手権の予選の前々日にみんなで焼肉に行き、鶏肉を焼けるのを待てずに食べ、食中毒になってしまい予選に出れなくなった。その後、東京五輪で金メダルを獲得し人生最高にパッピーとなった。ウルフアロンは持ってきた金メダルと、銀メダルを見せてくれた。メダルはお菓子の缶の中に入れて保存している。メダル獲得した後、バラエティーでブレイクしテレビ出演が100本を超えた。もともと目立ちがり屋だったため、マネージャーにオリンピックでメダルを取ったらテレビに出ていたと話していた。東京五輪の前日軽量で99.8kgまで落とし、試合当日までは増やしてもいい。栄養士の人におにぎり28個分食べていいと言われ、おにぎり28個食べた。当日軽量もあり、階級の5%オーバー失格になる。4人が体重オーバーでその中にウルフアロンも入っていた。全員アップしてる中、ウルフはサウナスーツを着て会場内を走って104kgまで落としたという。1番嬉しかったのはアロンアルファのCMに出たこと。名前が似ていたのでウルフアロンの方から営業をかけたという。2026年、26歳の時に、燃え尽きて柔道のモチベーションがゼロになってしまった。パリオリンピックのデジタルルーレットについてウルフアロンは「まあ、やってますよね」などと話した。
