- 出演者
- 矢作兼(おぎやはぎ) 小木博明(おぎやはぎ) 井森美幸
競馬場の入場者数が約11万7000人、視線の先にあったのはディープインパクトと武豊騎手。ディープインパクトはデビュー以来無敗のままクラシック三冠を達成している、騎手の武豊は、ディープインパクトを走っているというより飛んでいると表現。この日もディープインパクトがヴィクトリーゴールとなった。そこで、今回はこの有馬記念に来場した人のその後の人生を調査した。そして、2024年の頬巣したオグリキャップ伝説のラストランで映った人の捜索をおこなった。前回は見つけることができなかったが、今度こそ見つかるのか。
井森さんはこの番組が好きで自動録画をするほどだと明かした。今回はディープインパクトのラストランとなった2006年12月24日の有馬記念。ディープインパクトはレースで1回しか負けたことがない。引退レースに偶然映っていた人を見つけ出していく企画。
まずはディープインパクト編。早速中山競馬場に向かった。プラカードを持って探していると有馬記念に行っていた女性を発見。当時の映像を見せるが、見つからなかった。次に男性が当時の有馬記念に行っていたと近づいてきたが、映っていないと話した。初日は見つけることができなかったが、当時の取材していた人もあんなに大外回って差し切りで全部勝つ馬なんてありえないと話した。実はこの有馬記念は通算12勝2敗の最強の称号を守るためのレースでもあった。そのレースを見るために、泊まり込みで列を作っている光景があった。この行列の中に人探しのヒントがないか探してみると、気になる家族連れが。映像に映っていた父親の服装をみると、角刈り専門店豊天理容という文字が。しかし調べるとこの店はなく、架空で作ったプリントTシャツだった。他にも映像の中には武豊騎手の勝負服のレプリカを着ている人を発見。しかしこの服も大量生産のため捜索は不可能だった。
するとここで女性スタッフのひらめきで、武豊のファンから探してみる案をひらめいた。そこで武豊ファン歴37年のかぐらさんの自宅を取材した。自宅には武豊騎手が出場した時に使用していた横断幕があった。早速当時の映像を見てもらうと、泊まり込みの行列の真ん中にいた男性に気づいた。この男性が知り合いで、早速電話してもらうと、電話がつながり取材までこじつけることができた。さっそく映像に映っていた男性、古川将志さんの自宅へ訪問した。なんと古川さんは、2006年の有馬記念には12月15日から競馬場で寝袋で泊まり込みしていたという。そのおかげで有馬記念の入場券の整理番号は1番を集めていた。古川さんが競馬を好きになったのは父が競馬に熱狂している姿をみていたことから。特にディープは特別で、社会現象の1頭だと話した。古川さんはディープインパクトが日本で出走したレースの馬券もファイリングしていた。
一方男性スタッフは中山競馬場でプラカードを手にして探していた。そこで耳寄りな情報がはいり、最前列にはベテランが多く、最前列に座っている人に聞き込みすると、ヤマダという人を発見した。さらにこの山田さんは先程の古川さんの隣で泊まり込みをしていた人だった。そして競馬場内に山田さんの連絡先を知っている人と繋がった。その場で取材交渉をすると、交渉が成立した。後日水道橋で山田剛さんと合流した。まずは19年前の映像をみせた。ディープインパクトはデビュー戦から強いと注目しており、ディープインパクトから山田さんも叱咤激励されていたという。山田さんは有馬記念以降妻と離婚、子ども3人を育てることになった。保育園のお迎えや仕事が終わらないといった壁にぶち当たるなか、救いになったのは長男の大輝さんも競馬が好きになったこと。そんな大輝さんも19歳になり、地元の機械メーカーに就職した。大輝さんが小さいころは競馬場の遊具で一緒に鬼ごっこをして遊んだ思い出があるという。山田さんは仕事も生きていくのも諦めちゃうとだめになってしまうので、もうちょっと頑張ろうかなと思った時にディープインパクトを重ね合わせるという。
井森さんはこの取材が最初はフリップから初めて映像に映っていた人物にたどり着いたことに驚いていた。やはぎさんは山田さんが3人の子どもを育てながらも競馬をやめなかったことにも驚いていた。そして古川さんもストレスをためずに競馬を続けていることに驚いた。オグリキャップの時は17万人7779人の中から捜索した。当時は見つからなかったが、実は放送後に動きがあった。
1990年第35回有馬記念。ここでも伝説になっていたのはオグリキャップ。会場には若い女性が多かった。オグリキャップは血統に恵まれているわけではなかったが、他の競走馬を蹴散らして勝利していた。しかし最後の年は成績が落ち、引退レースに選ばれたのは有馬記念。そこでオグリキャップは一位となった。その時に感動して泣いていた女性をロックオンしたが、見つけることができなかった。しかし後日、番組に思いもよらぬ情報がはいった。情報をくれた山下さんによると、ロックオンした女性の隣に娘がいたはずだという情報を得た。放送した番組を見返すと、確かにロックオンした女性の隣に若い女性が映っていた。早速取材をすると、映像に映っていた山下あかねさんに会うことができた。当時山下さんは中学3年生で、父が初めて競馬場に連れて行ってくれてから競馬場の雰囲気が好きになり、そこで知り合ったオグリキャップファンと一緒に訪れていた時だったという。当時あかねさんはオグリキャップではないスーパークリークを応援しており、その馬は出場していなかったので友達の付き添いだったという。スーパークリークはオグリキャップにも勝ったことがある名馬で、イナリワン含め平成の三強馬と言われていた。あかねさんはその後馬に携わりたいという思いから畜産関係の大学に進学。卒業後は馬と遊べる観光牧場へ就職。しかしあかねさんは約2年で退職したという。ちなみにあかねさんによると、この映像の中にはきゅう務員になった人もいるという。
ロックオンしていた隣の人に出会い、偶然この番組をみていたことに驚いた。そして出会った人が実はオグリキャップのファンでは無かったことに驚いた。そしてあかねさんが退職した理由も、自分が好きなことを仕事にするのはつらいこともあることを経験したのかもと話した。
続いてはディープインパクト編の続き。北海道苫小牧市におとずれた。ディープインパクトが生まれた牧場施設の近くにある観光施設。実は引退レースを職場で応援していた人たちが映っていたという。その女性は佐藤ひささん。現在も同じ職場で働いている。当時インタビューされたのは偶然で、当時は馬の世話に戸惑っていたという。しかしディープインパクトの引退レースをみて、馬はそんなに魅力的なことができるのかと心に引っかかっていたが、日本中が沸いた瞬間をみて心が動くものがあったと話した。そして当時施設内で働いていた鈴木僚さんは、現在東京に戻って自分で店を経営しているという。都内にある鈴木さんの店に向かった。鈴木さんは当時東京を離れ、北海道で就職したのは就職氷河期であったことから未来に展望を見いだせなかったから。そんな鈴木さんは札幌の高級レストランで修行を経て、あの観光施設で働いたのは2002年、ディープインパクトが生まれたころだった。祝勝会には毎回多くのセレブが集まり、その忙しさの中で鈴木さんは成長していった。だからこそ、東京に戻って一念発起し自分の店を構えることができた。2019年、ディープインパクトが死去、葬儀に参列した待田さんは現在もこの観光施設に訪れるという。待田さんはディープインパクトの母馬のウインドインハーヘアが好きで、この馬は人間で言うと100歳以上だという。この姿を見るために千葉から年間80日通い、開園から閉園まで見守っている。
開園から閉園まで見守っている待田さんの姿をみて、愛情が深いとはなした。ディープインパクトの姿を見て人生が変わった鈴木さんのように、井森さんも誰かを見て人生が変わった経験を尋ねると、ナイスネイチャは1着にはなれないが掲示板には載る姿から、自分もこういう人生がいいと感じたという。次はオリンピックやWBCなどもできるのではと話した。
エンディング映像。
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