- 出演者
- 有田哲平(くりぃむしちゅー) 名倉潤(ネプチューン) 堀内健(ネプチューン) 福田充徳(チュートリアル) 徳井義実(チュートリアル) 上田晋也(くりぃむしちゅー) 原田泰造(ネプチューン) 長嶋一茂 糸井嘉男 内川聖一 西岡剛
ゲストは長嶋一茂率いる一茂JAPAN。「24時間テレビ」のチャリティーホームラン企画で共演した4名。
ゲストの経歴を紹介。糸井嘉男は44歳。恵まれた体格と身体能力で日本プロ野球史上初の6年連続打率3割・20盗塁・ゴールデングラブ賞を達成。プロ通算171HR。内川聖一は43歳。セパ両リーグで首位打者、通算2000本安打。打率は右打者史上最高の.378。通算196HR。西岡剛は41歳。05年・06年に盗塁王。ランニングHRも得意。今回はスポーツ紙記者協力のもと、10代~60代の野球好き500人が選んだ「最高のホームラン」を紹介。
野球好き500人が選んだ最高のホームラン、第1位はカブレラによる推定180m弾。大谷の昨季No.1飛距離は143m。高さに置き換えると高層ビル30階に相当。
野球好き500人が選んだ最高のホームラン、第3位はヤクルト村上宗隆。2023年4月2日の広島戦、同点で迎えた8回ウラでHRと思いきやフェンスをぎりぎり超えず。守備が間に合わず村上がホームイン。
野球好き500人が選んだ最高のホームラン、第2位は90年6月6日の日ハムvs近鉄で出た一発。来日3年目の助っ人ブライアントがHRを打ち、地上約60mの天井スピーカーに直撃。推定飛距離160m。
野球好き500人が選んだ最高のホームラン、1位は05年6月3日の西武vs横浜で出た一発。カブレラのHRはドームの屋根を直撃。推定飛距離180m。腕周りの太さ58cm。当時捕球に走った石井琢朗選手は「ボールの焦げたにおいがした」と話している。
15年6月3日のソフトバンクvs横浜。柳田悠岐が放ったHRはバックスクリーンに直撃し一部破損。実況は「弁償してくれ柳田」と話していた。
ホームランを確信し歩く「確信歩き」について。昔はHRと確信できても歩かず走るよう命じられていた。里崎智也は1塁側でファンに三本指を立てるパフォーマンスをしていて、阪神に移籍したことでこれが「グラティポーズ」として定着も、OBが「調子に乗らすな」と指摘したことで禁止になった。ソフトバンク松田宣浩は「熱男」のパフォーマンスをするにあたり、試合前に鏡を見ながら角度を調整している。
糸井嘉男が現役時代にやっていてパフォーマンスは、カメラに向かって指を動かして何かを描くもの。佐藤輝明がやっていた「Zポーズ」に触発され生まれたもので、「俺を使え」という文字を書いていた。
15年6月26日の西武vs日本ハム。西武メヒアが放ったHRはやネタスタンドの間から場外へ。たまたま外にいた少年がキャッチした。
2013年9月10日のヤクルトvs広島。ヤクルトのバレンティンが明らかなボール球をスタンドに運ぶHR。打たれたあと、投手の前田健太は唖然としていた。バレンティンはこの年60HRで日本記録を更新。
2023年3月6日の侍ジャパンvs阪神。大谷翔平は膝をつきながらHR。当時チームメイトだった村上宗隆がベンチから見ていて、これにショックを受けてバッティングを崩した。
昭和野球の華といえば乱闘。内川は戦うつもりがなかったのに巻き込まれたことがある。相手チームからマナーに欠けたプレーをされたことを発端に、全く怒っていなかった内川が羽交い締めにされた。「俺関係ない」と必死に弁明していた。
昭和野球の華といえば乱闘。内川は戦うつもりがなかったのに巻き込まれたことがある。それは07年4月19日の横浜vsヤクルト。相手チームからマナーに欠けたプレーをされたことを発端に、全く怒っていなかった内川が羽交い締めにされた。「俺関係ない」と必死に弁明していた。
1986年10月27日の広島vs西武。秋山幸二はHRを放ち、ホームに戻ってバク宙を披露した。チームはこの年日本一に。当時は秋山に憧れて真似する野球少年が続出。
01年9月26日の近鉄vsオリックス。近鉄は勝てば12年ぶりの優勝が決まる大一番。オリックス優勢で迎えた満塁のチャンス、近鉄から代打で登場したのはプロ6年間で通算5本塁打の北川博敏。これをHRにし、メジャーでも日本でも唯一となる優勝決定代打逆転サヨナラ満塁弾を達成。
1977年9月3日の巨人vsヤクルト。王貞治が通算756号HRを決め世界記録を達成。現地で観戦していた一茂いわく、打った直後に近くにいた客が興奮のあまり千円札を周囲にばらまいた。
内川はサヨナラHRを一度だけ打ったことがある。打った瞬間にわけがわからなくなり、「何かやらなきゃ」と思っているうちにホームまで着いてしまった。この試合で先発していたのは大谷翔平。ホームで興奮したチームメイトから蹴られるなどされ、試合後にスロー映像で誰によるものかを確認していた。糸井は17年の試合でサヨナラHR。西岡はサヨナラヒットのみ経験。当時所属していたロッテではどれだけ活躍しても新聞で取り上げられることはなかった。長嶋は初HRの際に「やっと俺のHR人生が始まった」と感じていたが、結果は通算18HR。
17年6月18日の巨人vsロッテ。マギーが敬遠され直後の亀井善行はヒット出ず。この流れが2回続いたが、3回目で亀井がサヨナラHRを達成。ヒーローインタビューでは「最後打てなかったら命を取られるというくらいの気持ちだった」と号泣。
日ハムからオリックスにトレードに出された糸井。以来日ハムに敵対心を抱くようになり、初めて日ハム相手にHRを打った際には喜びすぎて酸欠になり途中交代。日本代表でチームメイトだった内川いわく、サインが覚えられない糸井は「俺用の簡単なサインを作れ」とミーティングで発言していた。インタビューで「右中間ってどこですか?」と聞き返したことも。キャプテンになった際、キャプテンマークの重みについて問われ「メッシュ生地なので重たくはない」と話したことも。
