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テレビ草創期、マジックを放送したところ大失敗に終わった。だが、テレビによってマジックを爆発的に進化させた男がいる。スタジオには世界大会でグランプリを獲得したIbukiが登場する。
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- 第40回NHK紅白歌合戦
高橋みなみはAKB48時代、生放送で曲中にマジックに挑戦するも失敗。古谷アナウンサーはアナウンサー歴よりもマジックの方が長いといい、Mr.マリックは「私が手品のお店をやっていた頃のお客さん」と明かした。また、Mr.マリックは濱家のマジックの腕前を高く評価する。
Mr.マリックから認められている濱家隆一がトランプマジックを披露した。
ラジオ放送が始まった当時、落語や浪曲など耳で楽しむものが支持された。敗戦後、占領下の日本では進駐軍のためにマジックの慰問公演が行われた。1950年、テレビの試験放送がスタート。マジックも実験台となったが、白黒放送だったことなどから惨憺たる結果に。その後、テレビでも不思議さが伝わるマジックの研究が行われた。53年、テレビ放送が開始。あるマジック愛好家が8mmカメラを使い、62年に放送された「マジックショー」を映すテレビ画面を撮影していた。この時、アメリカでマジックの修行を積んだ石田天海氏が出演。また、濱谷堅蔵氏(80)は中学時代、アマチュアのマジシャンとしてテレビに出ていた。他番組に出演するマジシャンはどう見せているのか、テレビを通して参考にしていたという。
VTRを観た濱家隆一は先人たちのノウハウが今、テレビの技術として生きていると感じたという。
60年に公開された映画でチャニング・ポロックは鳩が出現するマジックを披露。ポロックに憧れた1人が島田晴雄で、生前のインタビューで「あの映画を10回近く見に行った」と明かしている。後に島田はポロックのマジックを進化させることに成功。今年開かれた世界大会でも鳩を使ったマジックは観客を沸かせた。
Mr.マリックは「鳩を出さなかったらマジシャンじゃないと言われるぐらい、鳩出しが大ブームだった」と振り返った。そんなMr.マリックは島田晴夫にあこがれていたという。
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- チャニング・ポロック島田晴夫
カラーテレビの普及が進むと、派手なパフォーマンスのマジックが視聴者を釘付けにした。引田天功は走行するジェットコースターに括り付けられた箱から脱出するマジックを成功させ、有名となった。愛弟子にあたるプリンセス天功は「爆破という演出効果はすごく効果があった」と振り返った。
「ノストラダムスの大予言」がブームとなった当時、ユリ・ゲラーはスプーン曲げで名を馳せ、超能力者だと様々な番組で特集された。手品の実演販売をしていたMr.マリックは「あなたはインチキ、ユリ・ゲラーは本物」と言われたという。86年、Mr.マリックはNHKの番組に初出演。3年後にはNHK紅白歌合戦に特別ゲストとして招かれ、マジックを披露。だが、ハイビジョン放送で両手の間につけていたヒモが映り込んでしまい、雑誌や暴露本で信用は失墜。
ハイビジョン放送の登場で、Mr.マリックは「限りなく魔法に近いものしか残れない」と痛感したという。
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- 第40回NHK紅白歌合戦
Mr.マリックはハサミ、ロープだけを使い、ハイビジョンに負けない超魔術を披露。
ネット時代が到来すると、マジックの種明かし動画が拡散。だが、マジシャンたちは新たなマジックを次々と開発していく。中学時代からマジックを開発してはネットに動画を投稿してきたMHは「世界が広がっている、ワクワクします」と語った。
マジックのオリンピックとされる「FISMマジック世界大会」がイタリアで開催され、日本からは10人が出場。また、撮影したマジックの動画を審査する部門も生まれ、日本からプロマジシャンの高橋匠がエントリー。今大会ではIbukiがグランプリを獲得し、日本人初の快挙を打ち立てた。
FISM世界大会でグランプリに輝いたIbukiが登場し、「人生で一番緊張しました」と振り返った。
Ibukiがマジックを披露した。
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- FISMマジック世界大会
Mr.マリックはまだ新しいマジックを生み出そうという意欲に溢れ、「若い人を見て逆に刺激を貰っている」と語った。
エンディング映像。
「お笑いバトル!ピン・ツー・スリー」の番組宣伝。
「あしたが変わるトリセツショー」の番組宣伝。
「the Covers」の番組宣伝。
