2026年11月3日放送 5:20 - 5:48 NHK総合

北海道道
百年の青春 北海道大学山岳部

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(北海道道)
百年の青春 北海道大学山岳部

北海道大学山岳部の合宿を取材。北大山岳部は今年で創部100年。部員たちが続けてきたのは、何でも書いて残すこと。部室や山小屋には百数十冊のノートが受け継がれている。戦時中に書かれたノートには、戦争を嘆く思いなども綴られていた。北大山岳部が創部の頃から守ってきた山小屋は、ある時は登山の拠点、ある時は宴会場、ある時は物思いにふける場所として歴代の部員に愛されてきた。1955年の記録を読み返した渡邊かの子さんは、「山なんか止めようと思ったことも何度もあったし」などの文章に共感したと話す。

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北海道大学山岳部のノート記録者を紹介。昭和前期、日高山脈の踏破に命をかけた2人。1人は1934年に入部した有馬洋さん。登頂直後、「頂上に立つと云ふことは山へのスタートであり重大なファクターであるにしても重文なる條件では無いのだ。心から結びついた山の友と数週間の山を生活すること。之れが僕の山なのだ」と残している。その後の有馬さんの人生は長くなかった。日高山脈のペテガリ岳の登頂を目指す中で雪崩に遭遇して、メンバー10人のうち有馬さん含む8人が命を落とした。もう1人の記録者は、有馬さんの小学校からの親友。ペテガリ岳の雪崩から命拾いして、亡くなった仲間へ思いを馳せて「美しくありたい」と考えるようになった。羊蹄山の麓に残る橋本さんの別荘を訪れると、登山家の新谷暁生さんに話を聞くことができた。新谷さんは子どもの頃、遭難寸前のところを橋本さんに救われた。橋本さんは77歳で亡くなる直前まで山に通い続け、地質学者として研究を続けた。橋本さんが残した仕事に、当時日本にほとんどなかった雪崩の専門書の出版がある。当時の時点で、人名の奪われた雪崩の8割までは吹雪の間か直後に起こっていると指摘している。新谷さんは、雪崩リスクが低いときだけスキーヤーの山への立ち入りを認めるニセコルールを作った。以後25年間、ニセコルールのもとで雪崩による死亡事故は起きていない。

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渡辺興亜さんは南極観測隊に4度参加し越冬隊長も務めた。1958年に山岳部に入部した。年間200日以上の山三昧で、卒業後は大学院に進学。調査の名の下にヒマラヤに通った。そこで氷河の研究を始めると、雪氷学の知識が身についていった。30歳で抜擢されたのが南極越冬隊員。渡辺さんが雪上車で踏破した距離は合計1万キロ。その後、地球の気候変動の研究を推し進め、日本は科学の分野で国際貢献を果たした。社会に出たとき、誰もがみな背負うことになるのはそれぞれの時代。

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最後に紹介するのはこの春卒業した中川凌佑さん。恋人は同じ山岳部の後輩・山下晴海さん。中川さんは守り伝えられてきたノートを愛読していた。新型コロナウイルスの影響で部活停止に追い込まれたり、戦争や遭難事故の影響で部活停止になった過去がある。中川さんはかつて先輩たちが命懸けでルートをきr開いたペテガリ岳行で登頂を果たした。3年生で部の再建を担う際に、コロナの影響で登山経験が乏しいメンバーを率いて知床岬への挑戦を決めた。世間的に記録として価値はないものだった。1日目は落石で負傷者が出て、5日目には進路を誤り、7日目には雨でテントが水没した。令和の時代の青春を、中川さんは「自分はこういう体験を繰り返して行きて行きたい。そういう元になった体験だったかもしれない」と振り返った。

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