2026年8月17日放送 21:54 - 23:10 テレビ朝日

報道ステーション

出演者
小木逸平 大越健介 ヒロド歩美 安藤萌々 所村武蔵 荒井理咲子 細川栞 
(スポーツニュース)
夏の甲子園 岩手・花巻東 4強への鍵は“速球攻略”

横浜と対戦する岩手・花巻東。余念がなかったのは横浜・織田翔希へのスピード対策。 マウンドから約3m近いところからの打撃練習、13年ぶりのベスト4を狙う。花巻東・古城大翔主将は「野手陣も好投手相手から何点も取れると想定していない。ヒット1本にこだわってやりたい」と話した。

夏の甲子園 愛知・享栄 チームをひとつにした一発

31年ぶり出場の享栄(愛知)、横手(秋田)は57年ぶりの出場。全国高校野球選手権大会2回戦・享栄(愛知)2-6履正社(大阪)。享栄チームの原動力となったのはという問いに、上江瀧拓未選手は「 盛田のホームラン」と答えた。盛田桔平選手は公式戦出場ゼロ。5月の親善試合vs栄徳、夏の大会メンバー外の3年生は引退試合だった。9回裏、盛田の最後の打席は同点2ランホームラン。腐ることなくバットを振りつづけてきた努力の証だった。盛田は「一生の記憶に残る宝物のホームラン」と話す。この一打がチーム一丸となった。主将・早川来輝は「控え選手の分まで必ずやらないと」「必ず甲子園に行かないと」と話した。甲子園にたどり着いた。盛田もアルプスで応援。チーム一丸となって力を出し切った。

夏の甲子園 秋田・横手 父と共に 辿り着いた夢舞台

57年ぶり出場の横手(秋田)。全国高校野球選手権大会2回戦・横手✕敦賀気比。選抜優勝経験のある敦賀気比に終始圧倒される展開。9回表、守備についたのは背番号18の戸澤樹選手。夢の甲子園は横手高校野球部OBの父・亮さんの思いとともに立っていた。小さい頃から野球が大好きだった。戸澤樹選手は「父も足が速く、上位打線を打っていて、ポジションはレフト。外野に飛べばほぼアウト」と話した。卒業後高校教師となり、父は横手高校野球部部長として母校の甲子園出場を追い続けていた。小学1年生だった時、父・亮さんの胃がんが判明し、父は37歳で死去した。戸澤樹選手は「お父さんの背中をずっと見て育ってきた。不安もあった。言葉にできない喪失感があった」という。別れから9年。戸澤樹選手は「横手高校の練習納めで父と一緒に打席に入って、小さくて自分ではバットを振れないので、お父さんに後ろから助けてもらった」という思い出を話した。父も目指した甲子園にたどり着いた。レギュラーではなかったが、戸澤樹選手は「頑張ります」といって、レフトへ。9回表、レフトへの当たりをしっかり掴んだ。戸澤樹選手は「お父さんが捕らせた一球」「(レフトにいた時は父が)隣りにいてくれたと思う」と話した。

球児たちの知られざる物語 夏の甲子園 あす準々決勝

ABC熱闘甲子園スタジオから中継。横手・戸澤樹選手は甲子園を「親子でつながる場所」という。父・亮さんが亡くなってからはチームメイトたちが戸澤樹選手のキャッチボールの相手をしてくれたり、グローブをプレゼントしてくれた。今回チームメイトの皆さんがアルプスに応援に来ていて、レフトフライを捕った瞬間皆さん涙があふれたという。明日はいよいよ準々決勝。

(エンディング)
トミー・ジョンさん(83)死去 ひじのじん帯再建手術“通称”に

ひじの側副じん帯再建手術の名前でも知られる通称「トミー・ジョン手術」のトミー・ジョンさん83歳が死去した。ドジャース時代、フランク・ジョーブ医師が考案したじん帯再建手術を初めて受けたのがトミー・ジョンさん。当時成功率1%といわれたが、手術後164勝を上げ復活。

ニュースの“あとがき”

当時特にピッチャーは肩やひじにメスを入れるのはタブーだったが変わったとスタジオで話した。

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