- 出演者
- 上田晋也 染谷将太 鹿島茂 ヒコロヒー
この番組は、グローバルな視点で世界を調査しながら歴史に秘められた謎を大追跡する。ゲストはヒコロヒーと染谷将太。
- キーワード
- 大河ドラマ べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜
フランス国立ギメ東洋美術館には東洋美術が6万点以上所蔵されている。中でも圧巻なのが1万点を超える日本美術のコレクション。追跡班は館内で気になるプレートを発見。美術館のコレクションに貢献した人物の名前が載っていた。そこに書かれていた「タダマサ ハヤシ」。学芸員によると、ギメ東洋美術館の収蔵品のうち300点以上がこの人物の手を介した美術品だという。
林忠正はどんな美術商だったのかを大追跡。当時の商業年鑑を調べてみると日本美術の項目にひときわ大きく「HAYASHI」の文字。店の住所も記されていた。その場所の近くで画廊を営む美術商は、19世紀後半にヨーロッパで巻き起こった日本ブーム・ジャポニズムの中心人物だったのが林忠正だと教えてくれた。記録によれば、浮世絵は15万枚以上をパリに持ち込んだとされている。クロード・モネが林忠正から21点の浮世絵を購入したことも分かっている。
鹿島茂さんによると、林忠正は唯一の日本についての情報源だったため、当時のフランスのインテリ層には有名だったという。
1878年、林忠正はパリ万博に派遣されてフランスへ。林忠正はフランス語ができたため、パリ万博で展示品の案内人兼通訳を担当した。
1886年、林忠正は人気雑誌の日本特集号を執筆。この特集号は大きな話題を呼び、林忠正は日本文化を伝える第一人者となっていった。そんな林忠正の元に日本政府からの依頼が舞い込む。1900年に開かれるパリ万博で日本館の展示を担う事務官長に抜擢。民間人の起用は異例。逆風を受ける中、林忠正は政府から給料を受け取らず事務官長を務めた。林忠正は万博展示に命をかける覚悟で望んでいた。
染谷将太は「当時、日本文化の価値を高めてくれたからこそ、今、フランスなどで評価されているっていうのがつながっているんだなと思った」などとコメントした。
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- 林忠正
林忠正はフランスで西洋美術の愛好家としても名を馳せていた。西洋画を大量購入。林忠正は日本に西洋美術館をつくって、これらの作品を日本に紹介したいと考えていた。1905年、パリジャンたちに惜しまれつつも林忠正は収集した500点以上の西洋画を携えて日本に帰国。ところが、帰国後まもなく病に侵され、林忠正は西洋美術館の夢を叶えることなく世を去った。林忠正の西洋画のコレクションは、その後、海外でオークションにかけられることとなる。そのカタログのはじめに、友人たちから追悼の言葉が寄せられていた。
鹿島茂さんは、林忠正について「皮相的な理解ではなく深いところでの異文化理解を志した人だと思う」などと話した。
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染谷将太が、大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」の告知をした。
大河ドラマ べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜の番組宣伝。