- 出演者
- 東貴博 清水ミチコ 所ジョージ 児嶋一哉(アンジャッシュ) 高木雄也(Hey!Say!JUMP) 冨田有紀 有岡大貴(Hey!Say!JUMP) 川田裕美
オープニング映像。
岡野陽一とザ・マミィ酒井が千葉恵里、工藤華純と金属探知機を使って茨城・日立市の蚕影神社でお宝探し。養蚕業の職人が参拝する蚕影神社には、金色姫伝説が伝わる。命の危機になった金色姫は海に逃げ出し、豊浦の浜に流れ着いた。漁師が助けたが、金色姫は命を落としてしまう。金色姫は恩返しのため漁師の夢枕に立ち蚕を授け、以来日本で養蚕が始まったとされる。豊浦町は昭和の時代まで養蚕で栄えていた。今回は蚕影神社エリアと小貝ヶ浜エリアで金色姫伝説のお宝を探す。
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金属探知機を使って茨城の蚕影神社でお宝探し。蚕影神社エリアでは江戸時代の寛永通宝、明治時代の一銭硬貨、江戸時代のキセル、明治時代の一銭銅貨などが見つかった。小貝ヶ浜エリアでは戦時中に1年間のみ発行された十銭錫貨が見つかった。
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ギネス世界記録を持っている人を取材。17年前に番組に出演していた理香子さんは、3桁の数字15個をフラッシュ暗算で正答した最速タイムのギネス世界記録を持っている。フラッシュ暗算は理香子さんの父・裕史さんが考案した。
東京都在住の吉永さんは、1分間にサッカーボールを目の上で左右に転がした最多回数のギネス世界記録を持っている。目の上でボールをキープするフリースタイルフットボールの技が得意だったため挑戦した。足の裏だけのリフティングや肩だけのリフティングなど8個のギネス世界記録を持っている。
家電修理人の今井さんの修理に密着。今回は愛知・あま市の福地さんからの依頼されたビデオカメラを修理する。韓国旅行の際に息子から借りたカメラを壊して電源が入らなくなってしまい、カメラの中には息子夫婦の新婚旅行や孫の行事のデータも入っていたという。福地さんの最大の願いはデータ救出だったため、今井さんはデータを記録する内蔵メモリを状態の良いジャンク品に移植することにした。
今井さんは依頼されたビデオカメラからデータを記録する内蔵メモリを取り出し、状態の良いジャンク品に移植した。思い出の原形を残すため、外装は依頼者のパーツで組み立てた。データの救出に成功し、修理代金は合計2万7000円だった。福地さん夫婦と息子家族のもとに修理したビデオカメラを返した。
番組と同い年のアーティストとコラボ。鰻和弘は東京造形大学の現役美大生・平澤さんの自宅を訪ねた。家にはリアルな指キーホルダーを作って個人で売っている。平澤さんは不気味造形アーティストで、あらゆる素材を不気味な作品に仕立て上げている。今回は番組20周年を記念して、油粘土でちょっとだけ不気味な所の顔を作る。所さんの写真を参考に、シワや毛穴まで表現していった。粘土が完成したら石膏で型をとり、液状のプラスチックを塗って複製する。
平澤さんが作った所の顔をスタジオでお披露目した。好感度を打ち消すため口から児嶋が飛び出していた。
実家に帰れていない人に今すぐの帰省を提案。池袋では大阪出身の元ホストの男性や韓国出身の女性に話を聞いたが、交渉は失敗。渋谷で出会った福井さんと交渉成立し、金沢の実家に向かった。両親に大切なことを伝えそびれているという。その日のうちに東京に戻らないといけないため、滞在時間は30分しかなかった。
金沢出身の福井さんの帰省に密着。母・和子さんに2日後に入籍すると伝えた。夫婦円満の秘訣を聞き、和子さんは言わなければわからない、伝える機会をもたないと食い違ったままと話した。
岡野陽一が長崎・南島原市の開かずの金庫を調査。依頼者は「古民家 café Ryu 龍」を営む内田さん夫妻で、建物は明治時代にはお酢を醸造に使われていた場所だった。酢を入れていたカメや帳場も残っていた。当時の長者番付にも載っていた。開かずの金庫は手提げ金庫と耐火金庫の2つがあり、鍵職人の玉置さんは50秒で手提げ金庫の開錠に成功した。中から戦没者等の遺族に支給されていた特別弔慰金国庫債権や手書きの家系図、大量の1円玉、建物に関する資料などが出てきた。
2つ目の金庫は4分で開錠に成功したが、中は空だった。
岡野が諫早市の開かずの金庫を調査。依頼者の杉谷さんは1811年創業の杉谷本舗8代目だった。三笠宮ご夫妻の写真や、諫早駅開業当時の看板などがあった。金庫の年代は40~50年前のものだった。玉置さんは10分ほどで開錠に成功した。中からはオープンリールテープや音声用テープ、16mmフィルムのテープが出てきた。後日データ化すると昭和に製作されたCM映像だとわかった。他にマッチのデザイン案、三笠宮ご夫妻来店時の写真、契約書、工事に関する書類、真珠のネックレス、人口アメジストの指輪などが出てきた。
おばたのお兄さんが京都・与謝野町の開かずの金庫を調査。与謝野町は与謝野晶子にちなんで名付けられた。与謝野鉄幹の一族がこの地域に住んでいたことなどから平成18年に3つの町を合併して誕生した。一帯で生産される丹後ちりめんで大いに栄えた。依頼者の藤田さん一家は大橋デパートという商店を営んでいたが、約25年前に閉店した。商店だった建物に眠る巨大金庫は、藤田さんの親が亡くなって家を整理していたときに発見した。玉置さんは、状態が良くないため難易度はマックスと話した。
