- 出演者
- 飯尾和樹(ずん) 阿川佐和子 村上知子(森三中) 早見優 あばれる君
長崎の浦上車庫にある青い路面電車「みなと」を貸し切り世界遺産を巡る。「みなと」は1954年製の車両をリニューアルし、港町をイメージ。木製のインテリアで、ステンドグラスの窓となっている。
まずは左側には平和公園を通過。続いて見えてくる出島は、1636年に作られた人工島で唯一の西洋との窓口になった場所。「大浦海岸通」で下車。
世界遺産を巡る。グラバー通りを行く。岩崎本舗にやってきた。角煮まんじゅうがある。大とろ角煮まんじゅうがオススメだという。仕込み時間が6日間だとのこと。定番の倍、煮込んでいる。さっそく角煮まんじゅうをいただく。
世界遺産を巡るという。大浦天主堂にやってきた。2018年に文化遺産登録された。長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産だ。構成遺産は全部で12件。長崎県、熊本県に点在している。大浦天主堂は江戸末期 開国によって来日したフランス人司祭によって1864年に竣工した。国内最古のキリスト教建築物だ。歴史的な大事件が起きた。信徒発見だ。1865年長崎近郊の潜伏キリシタンが大浦天主堂を訪れ自分たちの信仰を告白した事件だ。2世紀ぶりに宣教師は日本人のキリシタンたちと再会。キリスト教を禁止したのは1612年頃。禁教令から260年後の1873年明治政府がキリスト教を解禁。
撮影禁止の教会の内部に潜入。中はゴシック様式。ステンドグラスは147年前のもの。原爆被害で破損した箇所は1952年に復元。コウモリ天井とはコウモリが羽を広げた様なアーチ状の天井。主に長崎地方を中心とした教会で見られる。天井の白い部分は竹を編んで、そこに土壁・漆喰を塗っている。大浦天主堂の本当の名前は日本二十六聖殉教者聖堂。1597年、豊臣秀吉の命で長崎・西坂の丘でキリスト教の信仰を理由に26人が処刑された。処刑され、日本で初めて聖人となった彼らのために1864年12月に大浦天主堂が竣工。
3人はグラバー通りにある長崎南山手プリンで「長崎ステンドグラスプリン」を味わった。文明堂総本店に立ち寄りたい村上に対してあばれる君は世界遺産巡りを優先した。
グラバー園にある「旧グラバー住宅」は1863年に建てられた現存する日本最古の木造洋風建築。近代日本の産業化を牽引したトーマス・グラバーの住宅だったということが高く評価され、2015年に「明治日本の産業革命遺産」の1つとして世界文化遺産に登録された。屋根は日本独自の瓦屋根で、壁も土壁に漆喰を施すなど和洋折衷の造りとなっており、また強い西日を遮るために大きな庇が造られている。
問題は「ダイニングルームを明るくするための工夫は?」。正解は「鏡の反射で室内を明るくしている」。
三種類の特撰カステラを実食。黒糖・お濃茶・和三盆。試食できなかった飯尾は「ここから見える4人がお見舞いに来てなかなか帰らず食べてくな!みたいな」と話した。長崎でカステラ以外にオススメのスイーツお土産は「しっぽく」と話したが、卓袱(しっぽく)は日本・中国・オランダなどの食文化が融合した宴会料理のことであり訂正した。
九十九島の南部が一望できる佐世保市屈指の絶景スポット展海峰。208の島々からなる九十九島は島の密度が日本一といわれている。
天草四郎終焉の地とされる原城跡。日本が鎖国することのきっかけの事件が起こった。原城は1604年、キリシタン大名の領主・有馬晴信が完成させた。難攻不落の天然の要塞と呼ばれ、別名・日暮城と言われた。その後、松倉重政が領主になり、新たに島原城を築いたため1618年に原城が廃城。しかし、1637年に松倉重政による厳しい年貢の取り立てで、飢饉をきっかけにキリシタンが原城に籠城。これが島原・天草一揆と呼ばれる。約3か月の攻防の末、ほぼ全員が殺さ終結。原城は二度と使われないために破壊された。一揆によりキリスト教を脅威とみなした幕府は、1639年にポルトガル船の来航を禁止し鎖国を開始。アプリ「ストリートミュージアム」で当時の雰囲気をARで体験できる。
「老李」は長崎新地中華街の隠れた名店。ほとんどの客が注文するのが「元祖 生からすみちゃんぽん」で、鶏ガラと玉ねぎを10時間煮込んだスープが味の決め手とのこと。またからすみは老舗の松庫商店が作る生からすみを使用している。試食した一行は「美味しい」などとコメントした。
「軍艦島」こと端島炭坑は明治日本の産業革命遺産の1つとして2015年に世界文化遺産に登録された。端島炭坑の最盛期には約5300人が生活しており、当時の人口密度は世界一だったという。また日本初の鉄筋コンクリートアパートが造られたのも端島炭坑とのこと。軍艦島という呼び名は、1921年に某新聞社が「まさに戦艦だ」と言ったのが始まりという説がある。
悪天候で上陸できず。世界遺産検定マイスターあばれる先生の解説で軍艦島のおすすめ観光スポットを紹介。まずは第1見学広場。島内には建物が71棟まであるが、70号棟と呼ばれる端島小中学校。最盛期には1000人以上が通った。1階から4階までは小学校、5階と7階が中学校、6階は講堂兼体育館。学校の左手にあるのはベルトコンベア跡。高さ6mのベルトコンベアの橋脚。高品質な石炭は黒いダイヤと呼ばれていた。当時、全国には約700の炭鉱があり、端島炭坑の産出量は国内の1%ほどだった。続いてのおすすめスポットが第2見学広場。見えてきたのはレンガ造りの総合事務所。炭坑員用のお風呂もあった。右側の建物はエレベーター入口。当時の炭坑員は階段を登りエレベーターに乗り込み約90秒で地下600mへ。さらに地下1000mまでトロッコで下り石炭を採掘していた。1日8時間の三交代制で24時間操業。世界遺産に登録された所以の場所が護岸。石材の間に石炭と赤土を混ぜた物を詰めて強固な岸壁を造る天川工法を使用。天川工法は水に強い。軍艦島は2015年に世界文化遺産に登録されたが、評価された理由は護岸と海底坑道。
問題:1号棟は何の建物でしょうか?
問題「1号棟は何の建物でしょうか?」。正解は「神社」。かつては拝殿もあったという端島金比羅神社、現在は祠のみ。
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