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オープニング映像。
第二次世界大戦を追体験する4回シリーズの第4回。今回は1944年から1945年までを特集する。
1944年の東プロイセンの総統大本営でヒトラー暗殺未遂事件が起きた。ドイツ軍の幹部らがヒトラーを殺して戦争を集結させようとしたという。この事件以降、ヒトラーの猜疑心は高まり、戦況を正確に把握することができなくなっていった。そのためドイツ軍は敗走し、戦線は次々に崩壊していった。
一方で日本軍も太平洋で連戦連敗という状況が続いていた。そのため国内では集団疎開が行われていた。ただ14歳から19歳を対象として予科練習生という訓練制度が設けられて厳しい訓練が行われた。
ドイツ軍占領下のパリでは祖国奪還のために地元民が蜂起した。市民の蜂起から5日後にパリに連合国軍が到着し、ドイツ軍は翌日降伏した。そうした中でドイツに協力していたフランス人女性などは丸刈りにされたりしたという。同じ頃のポーランド・ワルシャワでも市民蜂起があったが、ソ連は蜂起軍は見捨てて、20万人が犠牲になったという。そして翌年にソ連は瓦礫になったワルシャワを占領したという。
アメリカ・ニューメキシコ州の荒野ではマンハッタン計画が進行しており、世界初の原子爆弾の基本設計が完成しており、その製造が目前に迫っていた。またペリリュー島の戦いでアメリカは日本を攻めたが、日本軍はゲリラ作戦でアメリカ兵を苦しめた。日本軍は持久戦に徹して、少しでもアメリカ軍を疲弊させるように命じていたという。ペリリュー島の戦いは長期戦になり、日本軍が全滅するまで続いたという。
この頃、日本では大本営がアメリカ艦隊を撃滅したと発表し群衆は湧いた。しかしこれは誤報だった。国民の希望を繋ぎ止めるためだったという。一方でアメリカはフィリピン奪還作戦を行い、レイテ沖海戦で日本は壊滅的な被害を受けた。日本は神風特攻隊で応戦し大きな戦果を上げた。そのため桜花や回天など新たな特攻兵器が開発されていったという。
1945年1月。ヒトラーは国民に向けて最後の演説を行った。ドイツ軍でもFi-103Rや特殊潜水艇 ネガーなどの特攻兵器のようものを開発していた。そしてアウシュビッツ強制収容所などの収容所が解放されたという。一方でフィリピンの首都マニラでは日米の激闘が街を覆い尽くした。そしてフィリピンのマニラ陥落から1週間後に東京大空襲が行われた。
一方でヨーロッパでは戦争の終わりが見え始めていた。ソ連軍がベルリン郊外まで迫っていた。そうした中でのヒトラーの映像から、ヒトラーは晩年はパーキンソン病を患っていたのではないかと伝えた。そして1945年4月16日からソ連軍によるベルリンへの総攻撃が始まった。ヒトラーは4月30日に地下壕で自殺したという。
