- 出演者
- -
オープニング映像。
160年前まで花粉症は憧れの病で、くしゃみは「神の祝福」と言われた。労働者はほとんどがかかることがなく、患者の大半は裕福な貴族だった。貴族であることを神が認めた証としてステータスになっていた。医師のブラックレイはカモガヤというイネ科の植物を触ったことで、花粉が原因であると推理した。この時代、産業革命で織物のスピードがアップしたが、原料の羊毛がもっと必要となり牧草の需要も急増した。その牧草がカモガヤだった。それまで貴族の住まい周辺にはなかったイネ科の牧草で、貴族は花粉に触れる機会が増えた。ブラックレイは約80種類の植物を用意して自らで人体実験をして花粉症になることに成功した。労働者はもともと牧草地の近くに住んでいたので花粉に慣れていて反応が鈍かった。症状が軽ければ病院に行かないことも多く、一過性の風邪と思い込み放置していた。日本で花粉症は40年前に広まった。戦後に国策で杉を植林した結果、花粉の飛散量が増えたからと言われている。
新学期が1月ではなく4月始まりである背景には国が数百億円をごまかした歴史の闇がある。明治17年、税収の8割を費やした西南戦争のツケを払うため経済が破綻しかけていた。さらに、朝鮮で反乱が起こり予期せぬ防衛費が急増。
初代大蔵大臣・松方正義は翌年度の予算を3か月前倒しして赤字をごまかした。その額は現在の貨幣価値に換算して数百億円。会計年度の始まりも3か月ずらして4月始まりになった。これに合わせ、軍の学校も4月始まりに。墓の学校でも4月始まりを採用するように。松方は経済を立て直すために日本銀行を設立、日本銀行券を発行した。世界で多い9月始まりの理由は夏の収穫期を終えてから新学期を始めるため。
200年前、出産で10人に1人が亡くなってしまう時代だった。イギリスの産婦人科医ジェームズ・ブランデルは禁じられていた輸血をすることを決めた。
- キーワード
- イギリスジェームズ・ブランデル
1667年、フランスのルイ14世のもとにいた医師ジャン=バティスト・ドニは新しい医療を成功させ名声を得るチャンスをうかがっていた。ドニが輸血に使ったものは子羊の血だった。子羊の血を輸血された4人の青年は全員が拒絶反応を示し1人は死亡。ドニは殺人者として裁判にかけられ、輸血には禁止令が出された。1825年のイギリスで妊婦を救うため輸血を決断したのがジェームズ・ブランデル。ブランデルは健康な助手の血を輸血した。しかし、当時の輸血は2人に1人が死に至った。
1800年代、輸血は2人に1人が死んでしまう運任せの治療法だった。ブランデルによる輸血の成功から75年後の1900年、オーストリアの病理学者カール・ラントシュタイナーは自分や同僚たちの血を集め研究していた。色んな人の血を混ぜることで「A・B・C」の血液型を発見した。
林修・若林の国民の疑問〜今なんでこーなった?〜の番組宣伝。
カール・ラントシュタイナーは各血液型を混ぜ合わせて固まる固まらないを実験していたが、当時「C型」といわれた血液は「A型」と混ぜても「B型」と混ぜても固まらないことから「ゼロ」とされた。それが「O型」とされたのが多い説。AB型が発見されたのは2年後。
- キーワード
- カール・ラントシュタイナー
TVerの告知。
- キーワード
- TVer