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スノーボード・ハーフパイプの平野歩夢は常識を覆す独創的な技を次々と生み出して世界のトップを走り続けてきた。2014年のソチオリンピックで銀メダルを獲得し、冬季日本選手の最年少メダリストとなった。2018年のピョンチャンオリンピックでは史上初めて4回転の連続技を決めて銀メダルを獲得。2022年の北京オリンピックでは前人未到の技を決めて金メダルを獲得。オリンピック連覇を目指して限界まで挑戦を続けた結果、オリンピックまで1か月を切った先月の試合で複数箇所を骨折。それでも諦めない平野の挑戦を追った。
ミラノ・コルティナ五輪まで約1年となった去年3月、平野歩夢は海外の試合の合間を縫って帰国していた。幼い頃から指導を受ける父・英功さん、選手でもある弟・海祝と合宿を行うためだった。世界選手権が数日後に迫る中、5年間成功していない技「スイッチバックサイド1260」の習得に取り組んだ。平野は通常は利き足の右足を前にするが、この技は反対に左足を前にして助走し、進行方向と反対の左に3回転半する。難度の高い技が加われば演技構成の幅が増えて高得点が期待できる。いつも逆の足で踏み切るため、空中でのバランスが崩れてしまう。苦手な技の克服に乗り出した背景には競技レベルの進化がある。前回の北京オリンピックで縦に3回転・横に4回転する「トリプルコーク1440」を決めたのは平野ただ1人だった。昨シーズンに戸塚優斗がトリプルコーク1440に成功。さらに平野流佳は4回転の連続技に成功し、平野歩夢は勝てない日々が続いた。
合宿の成果が試される世界選手権。日本からは平野歩夢のほか戸塚優斗や平野流佳が出場。平野歩夢は大会の3日前から現地入りして調整。最初にパイプの状態を確かめた平野は違和感を持った。斜面の底には凹凸があり、側面の壁は氷のように固くなっていた。板をコントロールしづらく高難度の技はリスクがあると感じた。公式練習で転倒して肋骨を骨折し、欠場となった。
シーズンを終えた平野は故郷の新潟県村上市で治療に専念していた。これまでも選手生命を脅かすケガに立ち向かってきた。2017年には試合中に転倒して膝の靭帯と内臓を損傷。ピョンチャンオリンピックまで1年を切る中で、平野のオリンピックは終わったと囁かれたが、それまで以上に難しい技に挑んだ。逆境を力に変える兄の姿を見てきた弟・海祝は「本当に半端ない努力と根性とメンタルしてる」などと兄について語った。
平野は2025年8月にオーストラリアで練習を再開。ケガの原因になった壁の段差が気になり、すぐにやめてしまった。少しでも状態が良い場所を探して再開したが、またしてもやめてしまった。それでもできる練習を行った。
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2025年8月、平野は東京で行われたスケートボードのイベントに参加。子どもから「ケガの乗り越え方」を質問され、怖いけど自分も戦っていると自らに言い聞かせるように答えた。
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2025年11月、平野はオーストリアで本格的な練習を始めた。スイッチバックサイドを完成させたいと目標を語った。オリンピックまで残り3か月を切る中、初めて成功。さらに前人未到の技「ダブルコーク1620」(縦2回転・横4回転半)にも挑戦。半回転増やすことで難度が飛躍的に上がる。
2025年12月、オリンピックの前哨戦となるスノーリーグが中国で開催された。世界のトップ選手20人が優勝を争う。1対1の対戦方式で行われ、先に2勝した方が勝ち上がる。決勝まで勝ち上がった平野の相手は戸塚優斗。平野は苦手だったスイッチバックサイド1260を初めて試合で成功させた。1対1で迎えた3本目。戸塚は平野も取り組んできた大技ダブルコーク1620を決めたが最後に転倒して点数は伸びなかった。その様子を見た平野は堅実な滑りで勝利して優勝したが、「攻めきれなかった」と満足いかない様子だった。
2025年12月にW杯が開幕。中国で行われた第1戦で戸塚優斗はダブルコーク1620を成功。平野は独自の技を組み込み戸塚の点数を上回った。2本目になると雪が激しくなり転倒する選手が続出した。1本目の得点で優勝がほぼ決まっていた平野だったが、最後まで攻めた滑りを見せた。
先月17日にスイスで行われたW杯第5戦で平野は転倒して複数箇所を骨折。それでもオリンピックを諦めない。逆境を力に変える平野の真髄はここからだ。
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2026年2月5日(22:00)
