- 出演者
- 明石家さんま マツコ・デラックス 桑田真澄 桑田真紀 Matt
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Mattも住む桑田真澄の自宅に訪問する。Mattが桑田真澄のアゴ以外のホクロを全除去したというニュースが話題。桑田真澄は今外出中だという。自宅を訪問すると、MattとMattママの真紀さんが出迎えてくれた。家具はすべて桑田さんが選んだという超広々としたリビング、40人がパーティーすることもある庭はピッチャーマウンドからキャッチャーまでの距離と同じ18.44mを取れるように設計されている。ダイニングキッチンの壁はすべて大理石。桑田真澄の偉業部屋にはトロフィーコレクション。桑田真澄はPL学園で1年からエースとして活躍し、甲子園通算20勝、ドラフト1位で巨人に入団。沢村賞、ゴールデン・グラブ賞は8回も受賞している。ピッツバーグ・パイレーツにも所属し、通算173勝をあげた日本が誇る伝説。偉大な父が家に到着する前に、桑田家御用達のケータリング専門店幸也飯の料理、ママの手料理をいただく。
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桑田真澄が帰宅した。マツコは桑田真澄と初対面。全メディア初となる桑田ファミリー3ショットが実現した。
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桑田真澄とMatt、親子の本音を直撃。ここから桑田家のプライベートを深掘りする。桑田さんはワインが好きで趣味でワイン作りをしている。ニュージーランドの畑でワイン作りをしているという。作ったワインはMattが飲んでしまい、空瓶しかなかった。肘のリハビリのためにピアノを習得した。それがきっかけでMattも音楽を始めた。ここで桑田夫婦の馴れ初めについて聞く。
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- ニュージーランド
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桑田夫婦の馴れ初めについて聞く。元CAの奥様が学生時代にエアロビクスセンターで出会ったのがきっかけだという。奥様は叔父がパイロットで叔母がCA。奥様は最初、いとこと桑田さんをくっつけようとしていたという。1987年、巨人入団2年目の桑田さんは19歳で15勝の活躍をしていた。そのときに出会い仲良くなるが、奥様はサポート役にまわっていた。奥さまは当時は1人で生きていこうと思っていたという。桑田さんといとこがデートをしていると、奥様がついてきていたのだという。桑田さんは結婚は30歳までしないと決めていたが、23歳で結婚。結婚から3年後にMattが誕生。世間は大投手の息子に様々な期待をしていた。それから29年後、Mattは父とは真逆の道を選び美のカリスマになった。
レジェンド桑田の息子がMattになった真相を聞く。Mattが行き過ぎになるまで、父・真澄に言われたことが人生のターニングポイントになっていたという。幼い頃には野球をしていたMattだが音楽も同時進行でやっていて、中学になるときに選んでいいよと言われたという。Mattは中学ではドラム・フルート・サックスをやっていた。桑田さんはMattが20歳になったときに、自分の人生だから好きなようにしなさい、充実したように生きなさいと話したという。Mattが変化する度に父・真澄が必ずかけていた言葉がある。
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- ライズ東京
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野球を辞めて吹奏楽に打ち込むMattは見た目の芸術的に変化していった。桑田さんは「大丈夫か?」とだけ声をかけてきたという。怒ったことは1回もないという。Mattを怒ることなく育てた結果、Mattはテレビにも出演することになったが、世間からは心無い言葉もあった。しかし、ブレる事なく自分のスタイルを貫き続けた。そこには父・真澄の教えがあった。桑田さんは常に常識を疑ってきて、Mattにも常識を疑えと言っていたという。常識にとらわれることなく、自分のスタイルを貫き続けたことで、世界でも活躍する美のカリスマとなった。
Mattが桑田真澄のトレードマークのホクロを除去したという真実について確認する。桑田さんは顔のケアをしたことがなかったが、Mattにすすめられて1つだけと言って真相は1個とっただけだった。
桑田さんは大谷翔平選手についてどう思っているのか?を聞く。桑田さんは全部できる大谷選手が出てきてくれて、子どもたちも全部やるようになった、自分たちの時代はできなかったからと話した。桑田さんは王貞治の大ファンで、小さい頃は王貞治のパジャマを着ていたという。さんまは長嶋茂雄から着ていたジャンパーをもらったということで、桑田さんからも何かいただきたいと話した。
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