後継者不足が課題の東洋民俗博物館(奈良市)を取材。日本エリアに展示されているのは「青い目の人形」。1927年、米国から親善の証として日本全国の学校に寄贈されたもの。この3年前には関東大震災があり多くの日本人が失業し渡米。安い給料で働くので米国民の職を奪ってしまい反日感情が高まった。「子供の頃から仲良くしないと」と米政府が働きかけ人形が配られたが後に戦争になり、日本軍部はほとんどを廃棄処分にした。今残っているのは300体ほど。壁一面に飾られているのは絵馬。もともと神社に馬を奉納していたが大変なので平安時代頃から馬の絵で代用されるようになり、江戸時代には願い事を描くものとして庶民にも普及した。
後継者不足が課題の東洋民俗博物館(奈良市)を取材。初代館長は民俗研究科・九十九黄人。大学時代に大ファンだった世界的民俗学者・スタール博士に弟子入り。通訳兼助手として世界中を飛び回ったのち、この博物館を設立した。博士はシカゴ大学の人類学者。1904年セントルイス万博で日本館の責任者を勤めた。当時の場朴では各国の先住民族の生活を見学するエリアが設けられていて、博士が紹介した民俗はアイヌ。以来日本に興味を持ち15回来日、文化・風習に心酔した。
後継者不足が課題の東洋民俗博物館(奈良市)を取材。初代館長は民俗研究科・九十九黄人。大学時代に大ファンだった世界的民俗学者・スタール博士に弟子入り。通訳兼助手として世界中を飛び回ったのち、この博物館を設立した。博士はシカゴ大学の人類学者。1904年セントルイス万博で日本館の責任者を勤めた。当時の場朴では各国の先住民族の生活を見学するエリアが設けられていて、博士が紹介した民俗はアイヌ。以来日本に興味を持ち15回来日、文化・風習に心酔した。
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