2026年3月17日放送 1:45 - 2:15 日本テレビ

PLAYERS

出演者
ベテランち 乙武洋匡 
(オープニング)
今回は…

今回はベストセラー五体不満足で狂った生活・不倫報道…遠回りの末に掴んだ成功論を乙武洋匡が紹介。

キーワード
乙武洋匡五体不満足
オープニング

オープニング映像。

遠回りのPLAYERS
なぜ600万部で“死にたい”と思ったのか? 乙武洋匡のメッキと本音

乙武洋匡は自身の人生を振り返り、障害者として生まれてきてそれをプラスと捉えるかマイナスと捉えるかと答え、自分のお尻も拭けない人生はプラスとするのは難しいという。人に頼み続けなければいけないのはマイナスに思えるが、人は社会人になった時に自分が本当に必要なのかと考えるが、乙武は自身はその悩みにぶち当たったことはないと答えた。またオリジナリティーに溢れすぎていて、自分にしかできない生き方ができていると思えたので、そういう意味で大きなプラスであり、決してスタートはマイナスではないと答えた。しかし幼少期は幼稚園に入ることも難しく、そこに入るために引っ越しをしたという。それほど当時は一般的な進路をとることすら難しい時代だったという。乙武は自身母については基本楽観的な人だという。母親は産後、子どもに一ヶ月会えなかったというが、手足がないというウソを隠すために子どもに黄疸があるので会えないと言われ続けていたという。そしていよいよ面会した時、母はかわいいと言ったという。その母がなんとかなると思ってくれるタイプの親だったので、自分の人生も明るかったという。

乙武は学生時代もグラフの位置が高いのは友達関係も大きいというが、いじめを受けずに育ったのが大きかったと答えた。学級委員長や生徒会長もこなし、障害があることの引け目よりもクラスのリーダという気持ちが強かったと答え、高校も受け入れ先を探すのが大変で私立は受け入れを拒否され、公立高校に絞って受験したという。しかし受け入れ先が偏差値の高い学校で、成績は下降しクラスで下から2番目になったと答えた。またアメリカンフットボール部のマネージャーになり、パソコンで相手チームを分析しデータを出し戦略担当に渡し恋愛もし高校生活を満喫したという。大学時代については早稲田大学で街の地域活性化に取り組み、車いす探検隊という車いすに乗って移動し、早稲田の街を普段とは違った角度から体験してもらうイベントを行ったが、それを新聞やテレビが取り上げ、出版社から話がきて五体不満足を書いたという。しかし文を書くのが苦手という理由で断り続けていたが、伝えたいことがあるという気持ちが上回りやってみようと思ったという。そしてその本は600万部売り上げた。

キーワード
五体不満足日本放送協会早稲田大学東京都立戸山高等学校毎日新聞社講談社

乙武は自身の著書「五体不満足」が大ヒットしたものの死にたいと思うほど精神はズタボロだったという。障害者は可哀想だ、社会的弱者だという見られ方をしている中で、勝手に決めるけるな、オレはここまで幸せに生きてきたと、そのアンチテーゼとして自分を登場させたかったが生涯かけてやるべきことだったのに、その役割を終えてしまったようにに感じたと答えた。さらに自身がそこまで品行方正ではなかったのにそのイメージを植え付けられてしまい、街を歩けば写真やサインを求められ、まともな生活が送れずにどうやって生きていこうと絶望したと答えた。そこでちゃんとした自分を求められているという折り合いをつけ、テレビや雑誌の取材をうけても、こういう所があると訴えても編集などでカットされ、きれいな乙武くんとして世に出されるのが3年続くと、きれいなことしか話さなくなるという折り合いをつけたと答えた。

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五体不満足

乙武は40歳の時に週刊新潮で自身の不倫報道が出たというが、乙武はその数年前から政治家を志していたという。20代の頃からそうした声はずっとあったと答えたがその頃は政治の道は避けて通りたいと考えていたという。障害者がかわいそう・不幸になるという社会を変えていきたいという思いがあり、政治はその手段に有効だとは思ったが、批判しかされない職業で金はかかり、プライベートを監視されるということがネックだったという。しかし40歳になり、この先に自身の成長曲線が延びるか?に疑問を感じ、リスクのある手法が必要だと感じて政治を意識し始めたという。しかし不倫スキャンダルによりその出馬もできなくなってしまったという。乙武は明るく前向きに生きてきた障害者という偶像崇拝があったからこそ、より大きく叩かれたという不満があったが、一方で障害者はこれまで叩いてはいけない存在だったが日本の歴史において最もフルスイングで叩かれた障害者にもなったと答えた。今でもこの転機はプラスかマイナスかわからず、今回グラフ書くことができなかったという。また自分がこうした社会にしていきたいという活動や、政治家にもなれず、メディアの登場回数や扱われ方も10年前よりは大きく変化したことはマイナス。しかし自分の剥ぎ取りたかったメッキは剥がすこそができ、本当の自分でいられることができるようになったのはプラスだと答えた。政界に進出するのか?について乙武は政党の役員を務めているが、政策に少し噛めている今このままでいいと思いつつも、逃げているとも感じると答えた。また自分は弱者の代表ではなく、強者側として見られ始めているので戦い方が難しいと答えた。

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週刊新潮都民ファーストの会

乙武は遠回りについて、明確にゴールがある状態とした。

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