乙武は自身の著書「五体不満足」が大ヒットしたものの死にたいと思うほど精神はズタボロだったという。障害者は可哀想だ、社会的弱者だという見られ方をしている中で、勝手に決めるけるな、オレはここまで幸せに生きてきたと、そのアンチテーゼとして自分を登場させたかったが生涯かけてやるべきことだったのに、その役割を終えてしまったようにに感じたと答えた。さらに自身がそこまで品行方正ではなかったのにそのイメージを植え付けられてしまい、街を歩けば写真やサインを求められ、まともな生活が送れずにどうやって生きていこうと絶望したと答えた。そこでちゃんとした自分を求められているという折り合いをつけ、テレビや雑誌の取材をうけても、こういう所があると訴えても編集などでカットされ、きれいな乙武くんとして世に出されるのが3年続くと、きれいなことしか話さなくなるという折り合いをつけたと答えた。
乙武は40歳の時に週刊新潮で自身の不倫報道が出たというが、乙武はその数年前から政治家を志していたという。20代の頃からそうした声はずっとあったと答えたがその頃は政治の道は避けて通りたいと考えていたという。障害者がかわいそう・不幸になるという社会を変えていきたいという思いがあり、政治はその手段に有効だとは思ったが、批判しかされない職業で金はかかり、プライベートを監視されるということがネックだったという。しかし40歳になり、この先に自身の成長曲線が延びるか?に疑問を感じ、リスクのある手法が必要だと感じて政治を意識し始めたという。しかし不倫スキャンダルによりその出馬もできなくなってしまったという。乙武は明るく前向きに生きてきた障害者という偶像崇拝があったからこそ、より大きく叩かれたという不満があったが、一方で障害者はこれまで叩いてはいけない存在だったが日本の歴史において最もフルスイングで叩かれた障害者にもなったと答えた。今でもこの転機はプラスかマイナスかわからず、今回グラフ書くことができなかったという。また自分がこうした社会にしていきたいという活動や、政治家にもなれず、メディアの登場回数や扱われ方も10年前よりは大きく変化したことはマイナス。しかし自分の剥ぎ取りたかったメッキは剥がすこそができ、本当の自分でいられることができるようになったのはプラスだと答えた。政界に進出するのか?について乙武は政党の役員を務めているが、政策に少し噛めている今このままでいいと思いつつも、逃げているとも感じると答えた。また自分は弱者の代表ではなく、強者側として見られ始めているので戦い方が難しいと答えた。
乙武は40歳の時に週刊新潮で自身の不倫報道が出たというが、乙武はその数年前から政治家を志していたという。20代の頃からそうした声はずっとあったと答えたがその頃は政治の道は避けて通りたいと考えていたという。障害者がかわいそう・不幸になるという社会を変えていきたいという思いがあり、政治はその手段に有効だとは思ったが、批判しかされない職業で金はかかり、プライベートを監視されるということがネックだったという。しかし40歳になり、この先に自身の成長曲線が延びるか?に疑問を感じ、リスクのある手法が必要だと感じて政治を意識し始めたという。しかし不倫スキャンダルによりその出馬もできなくなってしまったという。乙武は明るく前向きに生きてきた障害者という偶像崇拝があったからこそ、より大きく叩かれたという不満があったが、一方で障害者はこれまで叩いてはいけない存在だったが日本の歴史において最もフルスイングで叩かれた障害者にもなったと答えた。今でもこの転機はプラスかマイナスかわからず、今回グラフ書くことができなかったという。また自分がこうした社会にしていきたいという活動や、政治家にもなれず、メディアの登場回数や扱われ方も10年前よりは大きく変化したことはマイナス。しかし自分の剥ぎ取りたかったメッキは剥がすこそができ、本当の自分でいられることができるようになったのはプラスだと答えた。政界に進出するのか?について乙武は政党の役員を務めているが、政策に少し噛めている今このままでいいと思いつつも、逃げているとも感じると答えた。また自分は弱者の代表ではなく、強者側として見られ始めているので戦い方が難しいと答えた。
