- 出演者
- 後藤輝基(フットボールアワー) ホラン千秋 飯尾和樹(ずん) 土屋アンナ 川崎皇輝 ひまひま
昭和の街の地図を使って現在との違いを紐解く。今回は1979年の渋谷の地図を使う。現在スクランブル交差点の近くには渋谷ヒカリエ、渋谷スクランブルスクエア、渋谷サクラステージが並んでいるが、当時は東急百貨店東横店や東急文化会館があった。SHIBUYA109がある場所は、地図の時代の1979年に開業したファッションコミュニティー109があった。それ以前はミツマル洋品店だった。1979年の渋谷の地図を若者に見てもらった時の声から「昔は一切ないが今は沢山あるものとは?」と出題された。
「昔は一切ないが今は沢山あるものとは?」と出題された。正解はカラオケ。今はセンター街周辺だけで13店舗ある。令和世代は休憩スペースとしてカラオケを利用し、時間潰しをしている。また店舗によってはDVDプレーヤーがレンタル可能で、ライブDVDを持ち込んで大音量で観る楽しみ方もある。サブスクなどの影響で音楽CDSの生産数は大きく減少したが、音楽DVDの下げ幅は緩やかだった。店側もこの流れに便乗し、ライブを生中継で楽しめるライブビューイングなどのサービスも提供している。外国人観光客によるカラオケ利用も多く、入口に外貨両替機があったりスーツケースの預かりさービルが行われていることも多い。リモコンは4か国語の表示に対応し、12か国分の現地の曲も配信されている。
現在渋谷では100年に1度と言われる再開発が行われており、東急プラザ渋谷が渋谷フクラス、宮下公園が「MIYASHITA PARK」、渋谷公会堂が「LINE CUBE SHIBUYA」に姿を変えるなど目まぐるしく変化している。1979年当時は東急と西武による開発合戦が行われていた。「東急側に多く見られる立地の特徴は?」と出題された。正解はY字路。西武は十字路やT字路に建っていることが多い。Y字路の建物はランドマークになりやすい。渋谷はその名の通り谷の地形のため、道の合流地点がY字になっている場所が多い。ハンズ渋谷店と西武渋谷店は今年中に閉館予定。
1979年の渋谷の地図には「メンズ〇〇」という衣料品店が多く見られた。昭和初期の道玄坂周辺は芸者遊びができる歓楽街だった。遊びに来た旦那衆が近くの洋品店で身なりを整えていた。道玄坂周辺では今でも、着物や草履でもつまずかない1段が低く広く作られた当時の芸者階段が残っている。1960年代に人気だった丸井と緑屋は、他の百貨店では一般的でなかった方法で商品を販売していた。「丸井・緑屋が行っていた当時の若者に人気の販売方法は?」と出題された。
「丸井・緑屋が行っていた当時の若者に人気の販売方法は?」と出題された。正解はクレジット払い専門店。当時の日本にクレジットカードはなく現金払いのみだったが、丸井と緑屋は月末などに一括・分割支払いが可能な月賦専門店と呼ばれていた。丸井は1960年に日本初のクレジットカードを発行。その後海外から現在のクレジットカードシステムが伝わって急速に広まった。緑屋は閉店したが、セゾンカードの運営会社クレディセゾンになっている。マルイのマークは全店舗で採用している電話番号の下4桁「0101」を表している。昔は丸の右下に切れ目があり、ダイヤル式電話のデザインを表現していた。
1979年の渋谷の地図には「ドンキホーテ」「五右衛門」「一風堂」があった。このうち2つは今のチェーンと別の店だった。「1979年から渋谷にあった全国チェーンはどれ?」と出題された。正解は正解は五右衛門。1976年に開業し、現在も洋麺屋五右衛門としておなじみ。ドンキホーテは小さなバーで、ディスカウントショップのドン・キホーテは1989年に府中で開業した。一風堂はかつて渋谷にあったディスカウントショップで、ラーメン店の一風堂は1985年に博多で開業した。地図にあった五右衛門は1号店で、大きな五右衛門釜から命名された。他に「とんかつ屋 五右衛門」「鳥焼屋 五右衛門」「肉の五右衛門」など様々なジャンルを展開していた。「唐麺屋 五右衛門とは何が食べられるお店?」と出題された。正解はラーメン店。
