- 出演者
- 後藤輝基(フットボールアワー) ホラン千秋 池畑慎之介 陣内智則 宮舘涼太(Snow Man) 谷まりあ
昭和の地図を使って現在との違いを紐解く新クイズを行う。1979年の新宿の地図を紹介。当時の新宿駅はまだ国鉄だった時代で、建物の場所には数字が振られていて、そこには店の名前が書かれている。国鉄新宿駅東口の目の前にある店は、現在はビッグカメラになっているが昔はカメラのさくらやに。さらに新宿通りを挟んだその向かいには現在靴のチェーン店のABC-MARTだったが、当時は別の靴屋だった。そして現在、ユニクロの場所には三越があったり、富士そばは当時からその場所にあったりと様々な発見があった。そこで今回は新宿東口、歌舞伎町、ゴールデン街の街の変化について出題。
第1問は1980年頃の新宿の地図には若者に指摘で新宿駅周辺にはあるものが23か所もあった。それはなに?と問題が出た。正解は店名に外国の地名が多いで陣内が正解した。ワシントンやアメリカなど当時の新宿には9か所の地名を発見。さらにフィンランド、ラスベガスなど歌舞伎町にも3つの地名が。23か所あった外国地名の店舗は今はあまりみかけない。その時代は海外に気軽にいける時代ではなく、海外に対してのあこがれが強いため、若い人はかっこいいものは海外から来ると思っていたという。さらに不二家ではザ・ニューヨークというお菓子を販売し、他にもノースキャロライナ、赤城乳業ではフロリダサンデーが発売されていた。他にも銀座という名前がつく店も多かった。不二家もザ・ギンザというお菓子を販売していた。
第2問は歌舞伎町から出題。1979年の地図の中央部分には現在新宿東宝ビルがあるが、かつては新宿コマ劇場だった。ドン・キホーテ 新宿歌舞伎町店の場所には銀行あった。ここで問題。歌舞伎町の地図に乗っていた店名に同じ言葉が使われていたがそれは何?と問題が出た。正解はインベーダー。1979年にはインベーダーゲームが大ブームとなった。そのために周辺の店舗はインベーダーという店名も多く、ゲームセンターらしき店が26店舗あった。正解者は出なかった。
次に79年の歌舞伎町の地図で4店舗しかなかった店は現在48店舗。その店は?と問題が出た。正解は焼肉店。
ある通りには50mで8店舗ある場所も。なぜここまで急増したのか?その理由には1979年に煙がほとんど出ない無煙ロースターを発売すると多くの焼肉店が導入した。また91年には牛肉の輸入自由カによって牛肉を安く仕入れることが可能ににあった。歌舞伎町で急増していた理由には、自分で肉を焼けるので深夜に客が多くても人件費を賭けずに営業ができるため。
新宿ゴールデン街は戦後の闇市から生まれた街。今でも300件ほどの飲み屋がある。その1979年の地図では現在も同じ場所、同じ屋号のお店は18店舗。1986年には流しの姿が。流しは楽器を持って飲み屋などを回り、お客のリクエストで伴奏や歌唱を行う。まだ流しはいるか?いないか?
新宿ゴールデン街にはまだ流しはいる?の正解は?いる。新宿ゴールデン街の唯一の流しと言われている和泉容さんは、一曲1000円のリクエストをうけとり、洋楽ハードロックを奏でる。和泉容さんはミュージックステーションでも歌唱したことがあるBe-Bのメンバー。日本レコード大賞新人賞を受賞した。99年には音楽活動を休止したが、路上での弾き語りで活動を再開。現在は流しをしている。
次の問題は新宿アルタが80年にオープンしたエリアでは、その当時あったのは、洋食店アカシア。現在も営業している。今はその場所も変化ある職種の店が23軒も増えた。その店はかつて人通りを避けた場所で営業をしていたが、現在は駅前でも営業するように。その店は?と問題が出た。正解はブランド買取&質屋。
ブランド買取&質屋は以前は目立たない場所にあったが、近年のリサイクルブームで増加。新宿のこのエリアに多い理由に、店の人は夜職の人が多く、もらったものを売る人、歌舞伎町から離れているために買いに来る人が買いやすい場所だという。また百貨店も近いためについでに売る客も多い。またこのエリアは昭和は3軒しかなかった薬局は現在17軒に。訪日観光客の殆どが化粧品や医薬品、日用雑貨を買うためにドラッグストアを利用している。
昭和チームが正解した。
1982年の歌舞伎町のさくら通りは飲食店でや薬局など14店舗を確認できた。ここで問題。14店舗のうち、現在も同じ場所で営業しているのは何店舗?と問題が出た。正解は2店舗。どちらも寿司屋だった。
寿司屋が長く生き残り理由について専門家は、寿司屋はカウンターで店舗が小さく少数で営業が可能で、人件費や家賃をおさえられる。10年以上営業した飲食店の業種別割合では、寿司屋はトップという結果も出ている。(シンクロ・フード調べ)。
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かつての新宿は喫茶店が多いと言われていたが1979年当時は16店舗もあった。西口に新宿副都心が登場しオフィスが急増したことで新宿駅周辺には大量のビジネスマンが溢れ、喫茶店は彼らが入れるオアシスに。ここで問題。今ではほとんどありえない当時のビジネスマンならではの喫茶店の使い方は?と問題が出た。
今ではほとんどありえない当時のビジネスマンならではの喫茶店の使い方は?と問題が出た。
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今ではほとんどありえない当時のビジネスマンならではの喫茶店の使い方は?と問題が出た。正解は自分への電話を受け取ることができた。当時のドラマでも喫茶店でもそうした様子が描かれている。公衆電話もあったが、相手から電話を受けるのは難しい。オフィスでは自分がいる喫茶店の番号を相手に伝えておいて、用があればかけてもらう仕組みだった。
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