- 出演者
- 眞鍋かをり 日村勇紀(バナナマン) 設楽統(バナナマン) 高橋茂雄(サバンナ) 織田信成 水谷隼
エンディング映像。
オープニング映像。今夜は特別企画、遠く離れた家族の絆をつなげたい!ニッポン里帰り応援団。
アルゼンチンで開催の「ラ・プラタ盆踊り」に特設ブースを設置した。やって来たのは1962年にアルゼンチンに移民した高松さん。高松さんは64年間ニッポンに里帰りをしていないという。後日高松さんのもとをスタッフが訪れた。高松さんは元警察官舎で1人暮らしをしている。アルゼンチン最北東のガルアペーは日本人が開拓した地域で1962年移民当時は、過酷なジャングルだった。高松さんは稼業のタバコ栽培に従事していたが、においも強く気絶してしまうこともあったという。その後親元を葉アンれブエノスアイレスのクリーニング店に出稼ぎをし19歳の時に結婚、数十年後に離婚した。
この日訪れたのは37年通う青果店。店主はひみ子ちゃんのおかげで挨拶するお店になったと話す。サービスでスイカを頂いた。そして家に長男のハルオさんやお孫さんたちもやってきて、すき焼きパーティーを実施した。高松さんは42年前からマッサージの仕事をしている。そんな高松さんは日本に姉たちがいるがどこにいるか分からず再会したいという。そんな高松さんをニッポンにご招待。
2026年3月に高松さんと娘のイズミさんが来日。まずは渋谷へとやってきて「忠犬ハチ公像」や南米にいないカラスなどを見て大興奮。そして蔵前神社を参拝し生き別れたきょうだいに会えるように祈った。
64年間音信不通の長男・照光さんの足取りを追うためやって来たのは生まれ故郷である熊本県。その前に視力が落ちている高松さんのため眼鏡店でメガネを購入。熊本キャブの倉掛さんの運転で大津町へとやって来た。高松さんが住んでいた新小屋地区では矢沢永吉のファンだという作本さんと出会う。作本さんは移民の話は聞いたことはあるが照光さんのことは分からなかった。すると昔のことを知っているかもしれない岩田二生さんを見つけ話を聞きにいく。
生き別れて64年のきょうだいを探す高松さんに密着。高松さんの父親である半次郎さんのことを覚えていた岩田さん。照光さんは別の場所で勤務をしていたため新小屋ではあまり見かけなかったという。続いて照光さんと同世代の人たちが集まる大津町歴史文化伝承館へとやって来て肥後大津民芸造花保存会の人たちに話を聞いたが情報を得られず、梅の造花をもらった。
続いて高松さんは親友の府内ちずるさんなら知っているかもしれないと探すことに。肉乃橋本で聞くと高尾野の法の可能性があると教えてくれた。訪れたのは創業100年以上の古庄からいも農園。高尾野の知り合いの府内さんに電話をしてもらうことに。でなかったため、待っている間、サツマイモを食べさせてもらうことに。折り返し電話があり、知り合いの妹と判明し、ちずるさんに直接電話させるという。
里帰りについてゲストの水谷さんはたまに帰るがオリンピックでメダルを獲って帰ると全然知らない親戚10人くらい集まってきますと話した。
生き別れて64年のきょうだいを探す高松さんに密着。折り返し電話があり、知り合いの妹と判明し、ちずるさんから電話がかかってきた。事情を説明し後日直接会えることに。翌日ちずるさんの自宅を訪問。小学校の写真を見て思い出話をするが照光さんの事は分からなかったが親戚の太田黒さんが知っている可能性があるかもしれないと教えてくれた。
吹田にいる親戚の太田黒さんの元を訪問した。案内されたのは共同納骨堂で照光さんは5年前にがんで他界していた。高松さんは遺灰に、仏壇にも手を合わせた。
続いて探すのは最愛の姉であるミツ子さん。やって来たのは広島市。50年以上前に届いた手紙の住所を訪ねてみることに。別の新しいマンションになっていた。そこで街の人に聞き込みをする。
生き別れて64年のきょうだいを探す高松さんに密着。戸坂へとやって来て「お好み焼き たぬき」を訪問し聞き込みをする。情報を得ることは出来なかったがお好み焼き「たぬきスペシャル」をいただいた。
捜索2日目、はと第一交通やフラワーショップやすはらで聞き込みをする。フラワーショップやすはらの延原さんなら近くの会社で働いていると情報を得る。捜索3日目、情報の工務店を訪れる。
- キーワード
- はと第一交通フラワーショップやすはら
世界卓球100周年大会の告知。
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- 世界卓球選手権(2026年)
生き別れて64年のきょうだいを探す高松さんに密着。捜索3日目、情報の工務店を訪れる。対応してくれた男性に話を聞くとミツ子さんは妻で、手紙の住所には住んだこともあると話した。ミツ子さんは現在庄原市に住んでいると話す。夫の訓昭さんは会社経営のため平日は広島市にいるという。訓昭さんから住所を教えてもらいミツ子さんのもとへ。ちょうど外にいたミツ子さんと再会を果たした。
ミツ子さんが家から別れた時の写真を持ってきてくれた。そして互いに持っていた写真を見せ合ったりなどした。ミツ子さんは集団就職で兵庫へとやって来たがその会社の若旦那が株に手を出して倒産してしまい10代は苦労の連続だったが、19歳の時に訓昭さんと結婚した。ミツ子さんが現在住んでいる家は山がついていて、山にはカブトムシの幼虫を掘り出したり、ふきのとうを採ったりした。とったふきのとうを井戸水で洗い、天ぷらにして食べた。すると家に照光さんの次女である沖井戸幸子さんがやってきた。ミツ子さんがサプライズで近くに住んでいる幸子さんを呼んだという。訪れた納骨堂は照光が建てたものだと教えてくれた。そして、ミツ子さんがマテ茶を初体験するなど交流が行われた。
湯の山温泉 森井旅館では姉妹で湯船に浸かり、日本の料理を堪能した。すると男性がやってきた。男性は他界した長女久絵の長男である宏志さん。東京に住んでいるが広島まで駆けつけてくれた。そして翌日、アルゼンチン帰国の時。ミツ子さんがふみ子さんへ手紙を読み上げた。そしてふみ子さんは写真と色紙をプレゼントした。ふみ子さんたちはちゃんぽんを食べたりした。
世界!ニッポン行きたい人応援団の次回予告。
