- 出演者
- 日村勇紀(バナナマン) 設楽統(バナナマン)
オープニング映像。今夜は日本列島カムカム・エブリバディSPなど放送内容を伝えた。
日本在住のガーナ人の男性は仕事が休みでガーナに帰っていたという。日本には英語の先生として岐阜のモトスシにいると話す。スタッフはモトスシを知らないと話すと男性はモトスシは最高の街であるなど話しぜひ来てほしいと話したことで密着することになった。
1週間後、やってきたのは岐阜・本巣市。本巣市は市の面積の約86%を森林が占め、人口約3万2000人、面積東京23区の約6割。そしてイシャークさんと合流し本巣市を案内してくれる。鉄道会社への許可も取っていてくれて樽見鉄道の車両へ乗り込んだ。列車からの風景が好きであるや鉄印を押しにきた鉄道ファンと話たりした。樽見鉄道は大垣駅と樽見駅を結ぶ34.5kmのローカル鉄道で四季折々の景色を求めて全国から鉄道ファンがやってくる。
電車を降りて、準備していた自車で本巣市の名物として「やな川」で刺し身や雑炊など鮎料理のフルコースを頂いた。続いてやってきたのは柿農家。本巣市には柿農家が500戸以上で柿の生産量は全国7位で富有柿は濃厚な甘味で「甘柿の王様」と呼ばれる。ちなみに本巣市の柿農家では天ぷらなどアレンジ料理がいっぱい。
さらに本巣市には樹齢1500余年の根尾谷漆墨ザクラがあり、日本三大桜のひとつに数えられている。桜は3月下旬から4月下旬に見頃を迎え、夜のライトアップは圧巻。午後5時、訪れたのはイシャークさんの自宅で妻の愛子さんと息子のアスラムくんが出迎えてくれた。自宅は5日ぐらい前に引っ越ししたばかりだという。イシャークさんはアクラで生まれ、ガーナ大学に進学し科学の先生になった。そんな時日本から学校の教育支援スタッフとしてやってきた愛子さんと出会い、猛烈アタックし交際スタート。2016年にガーナで結婚し翌年には長男が誕生。息子には日本で教育を受けてもらおうと日本へ移住を決め、愛子さんの地元近くだった本巣市で暮らし始めたらどんどん好きになったという。
別の日、外山街づくりウォーキング大会へとやってきたイシャークさん。教え子たちや教育委員長さんと挨拶したりした。教育委員長はイシャークさんについてものスゴく子どもたちを愛してくれて楽しい英語を教えてくれるステキないい先生ですなど話した。イベントは自然の豊かさを体感できる毎年200人ほどが集う人気イベントでゴールスト豚汁が振る舞われる。総距離10.7kmを3時間で歩きった。
日村さんの地元 相模原のイチオシを聞くと「壱発ラーメン」と話した。
フランスからやって来た男性は休暇で来日しこれから帰国するという。そんな男性に印象に残っていることを聞くと、自分のミスで新幹線にキャリーケースを忘れ岡山へ取りに行ったという。岡山に行く予定はなかったが観光したら最高だったという。そんな男性はキャリーケースを引き取り忘れてしまったという。
カナダ人の男性は1ヵ月の旅でヒッチハイクをするという。初来日でカナダではヒッチハイクを行ったことがあるという。そのヒッチハイクをしながらラーメンを食べまくりたいと話した。取材交渉をするとOKしてくれたが連絡が来なかった。
メキシコ人男性は屋台料理をいっぱい食べるため来日。メキシコでは食べ物の多くが屋台料理でそういう隠れ料理を食べたいと話した。交渉するとOKしてくえrた。
3日後、ロドリゴさんと合流。まずは博多からスタート。気になった屋台にぬるっと入店し「味噌おでん」や「沖縄島とうがらし餃子」を頂いた。すると店主の上原さんの案内で屋台ハシゴを行った。そんなロドリゴさんは泌尿器科の医者だという。そして福岡以外の屋台がある場所を聞くと呉と教えてくれた。そして「博多屋台 永ちゃん」に初挑戦した。
翌日、ちょっと二日酔い気味のロドリゴさんと合流。そして新幹線で呉へとやってきた。訪れた屋台は「メキシコ」という名で、母親がメキシコ五輪の時に喫茶店を出して、その時の店名が「メキシコ」だったという。そしてレモンサワーやガンスなどを頂いた。ロドリゴさんの祖父母、兄は医者で医大へ進学し在学中は近所の屋台にハマってほぼ毎日通ったという。そんな時、SNSで日本にも屋台があることを知り、卒業旅行は日本に決定したという。
広島の次は大阪ではたこ焼き作りを体験させてもらったりした。長野・松本では山賊焼き、八王子はラーメンなどを食べていった。グルメ旅18日目北海道・小樽へと到着。
屋台グルメ旅をするロドリゴさんに密着。小樽の「おたる屋台村レンガ横丁」にある「酒房 きまま」を訪問し「ほっけ開き」や「ししゃも」などを頂いた。
アメリカのCBSのリポーターYOUはびっくりドンキーが好きで食べにやってきたと話した。
カナダからやってきた幼馴染コンビは観光のため来日。日本語を勉強しようとおもった聞けかは「もののけ姫」や「となりのトトロ」と話した。
コソボ共和国からやってきた男性は山梨学院大学へ留学するため来日。コソボはセルビアから2008年に独立しており、日本が支援をしたという。だから日本の人たちに感謝していていつか行ってみたいと思っていたという。
アメリカ在住のプエルトリコ人男性は18年前に修学旅行で来日したことがありガイドのヒロコさんに会いたいと話す。18年間連絡は取っていなかったが、写真から手がかりに探し当てたという。撮影交渉するとOKしてくれた。
OKしてくれたジャンカルロさんはとは翌日みなとみらい駅で合流。会いたい理由について日本に来たときは緊張しまくっていたが笑顔のヒロコさんが魚の旗を持って迎えてくれ、鼻水が止まらなかったときはお茶をくれたりと旅行中そばにいてくれたという。その時のお礼を述べたいなど話した。
ヒロコさんに会いに来たジャンカルロさんに密着。待ち合わせ場所にやってきたが姿がなかったがまだ時間まで15分があった。そしてヒロコさんやってきてハグをしたり、話をしたりした。そして三溪園を周ったりした。ヒロコさんはフェリス女学院大学の卒業生で21歳でアメリカに留学したという。
