語り部として活動する米光智恵さんは、阪神・淡路大震災で西宮市のアパートが全壊。当時9歳だった自分の体験をもとに紙芝居を作った。震災のショックで米光さんは一時言葉が少なくなり、感情を出せない時期があったという。転機になったのが内戦が起きた旧ユーゴスラビアを訪れたこと。心を痛めた子どもたちが、アートの力で助けられているのを目のあたりにした。こうした体験をした米光さんは図工の先生になった。そして赴任した母校の小学校で、子どもたちに震災の経験を伝えてほしいと頼まれた。それならば絵を通じて伝えたいと作ったのが紙芝居「じしんがおきた日」だった。これまで西宮市の学校を中心に、のべ1万人の子どもたちに紙芝居を読み聞かせてきた。しかしここ数年は語り部として呼ばれることが急速に減った。米光さんは今、呼ばれるのを待つだけではなく、自ら語り部の機会を増やそうと活動している。去年11月に開かれた西宮市の防災イベントには、自ら応募して参加を決めた。最近は紙芝居に工夫を凝らしている。まず始まる前に音楽の演奏を取り入れた。少しずつ子どもたちが集まってきた。読み聞かせが終わった後、登場したのは紙芝居で瓦礫の下敷きになっていた少女・大川瞳さん。紙芝居の中の人物が実際に現れることで、震災をよりリアルに感じてもらおうと考えている。大川さんは当時の体験を自身の言葉でも語りかけた。紙芝居の最後の1枚に、米光さんは子どもたちへのメッセージを込めている。
