豪雪地、新潟・十日町市にある「たかき医院」。産科医として50年以上働くベテラン、高木成子医師(81)と娘の仲栄美子医師(50)が産婦人科・小児科の診療をしている。たかい医院の始まりは28年前。診療所を営んでいた高木医師の母から建物を受け継ぎ、内科医の夫と始めた。その後、診療所の側に移転。十日町地域の医療を支えている。娘も母の背中を追って産婦人科の医師になった。キラキラして見えた忙しく働く母の姿。「産婦人科医になったら母を支える」と決めていた。17年前、仲医師が高木医院で働き始め、母と娘で二人三脚で命の誕生、家族の幸せそうな表情を見届けてきた。たかき医院がある十日町市は年々少子化が進んでいる。十日町市では10年前には年間371人の命が誕生していたが、年々減少。10年前と去年を比較すると半分以下になっている。こうしたなか2年前には新潟県立十日町病院が分べんを休止。たかき医院は十日町市で唯一の分べんが可能な病院となった。それでも24時間体制のお産、少子化が進む中での経営や職員を確保する難しさから今年3月で分べんを終了することを決めた。今年3月、たかき医院最後の分べんの日、出産に臨むのは里帰り出産の中村恵子さん。3年ほど前にたかき医院で長男を出産し、2人目も信頼のおける場所で出産しようと決めていた。最後の出産は帝王切開。通常の分べんでは1人の医師で対応するが、帝王切開は複数の医師で行われる。最後の分べんは母と娘の二人三脚で行う。この医院で聞く最後の産声が響いた。元気な女の子、優しく元気な心を持ってほしいと「心美」と名付けられた。産婦人科医になって57年、高木医師が欠かさずつけている記録がある。母親の名前と赤ちゃんの体重などを残しているのだ。その数2万2000人以上。最後の出産から9日後、心美ちゃんを連れ、中村さんが退院の日を迎えた。出産をめぐる入院患者がいなくなり、夜のナースステーションに看護師や助産師が常駐しないことになった。分べんを終える、一つの区切りを迎えたたかき医院。でも産婦人科が請け負うのは出産だけではない。妊婦健診や産後ケアに加え、婦人科や小児科としても女性の味方であり続ける。
