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「だ龍文盾形銅鏡」 のテレビ露出情報

2か月後、奈良県立橿原考古学研究所では巨大蛇行剣の梱包作業が慎重に行われていた。約1年間にわたる緻密なクリーニングを経て、巨大蛇行剣の全容が明らかになった。より本格的な保存処理が行われる段階となり、別の施設に移されていった。同じ部屋で始まったのが、3枚の鏡のクリーニング。巨大蛇行剣を担当した奥山誠義総括研究員が、引き続き作業に当たることになった。3枚の鏡は重なっていた順に、上から「1号鏡」「2号鏡」「3号鏡」とされた。まず三角縁神獣鏡といわれていた1号鏡からクリーニングが始まった。鏡面を傷つけないよう、筆で土を落としていく。鏡面は錆も少なく、1600年もの間土の中にあったとは思えないほどの光沢があった。半月後、1号鏡の鏡面のクリーニングが終わると2号鏡の作業が始まった。さらに1か月後、奥山は3号鏡のクリーニングを行っていた。上の2枚や土の重量のためか、3号鏡は大きく割れていた。その後3枚の鏡は反転され、それぞれの文様がある面のクリーニングが始まった。文様を傷つけないよう、繊細な作業が1年以上続いた。
そしてついに3枚の鏡の全容が明らかになった。1号鏡は現場で言われていた通り三角縁神獣鏡で、古墳の発掘調査で見つかるのは実に13年ぶりとなる。研究者を驚かせたのが2号鏡の「き龍文鏡」。逆S字型の文様が特徴的でこれまで国内で40枚が出土しているが、最も大型のものであることがわかった。一番下にあった3号鏡は「画像鏡」を判明し、神や龍などが精巧に表現されている。いずれも中国製とみられ直径20センチ前後で、古墳から出土した鏡としては最大級となる。先に出土した「だ龍文盾形銅鏡」と4枚でセットと考え、それぞれの製作年代に注目すべきだと橿原考古学研究所の岡林孝作学術アドバイザーは話す。岡林氏は「1号鏡は3世紀に魏で作られた。3号鏡は2世紀に後漢で作られ、2号鏡は紀元前1世紀頃に前漢で作られた鏡。だ龍文盾形銅鏡は4世紀に日本で作られているので、全体で400年くらいの時間幅がある」などと語った。2号鏡は富雄丸山古墳に副装されるまで、どのような経路をたどりどこで保管されてきたのか。3枚の鏡の発見は、ヤマト王権と鏡の関係に新たな謎を投げかけることになった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年5月9日放送 17:30 - 18:50 TBS
報道特集(特集)
蛇のように屈曲した長さ2メートル37センチの「巨大蛇行剣」は、日本のみならず古代東アジア最長の剣。その発見から約1年後、新た発掘調査が始まろうとしていた。発掘地点に建てられていたのは、巨大な鉄骨の覆屋。防犯カメラも設置され、24時間警備が敷かれていた。奈良市の富雄丸山古墳は日本最大の円墳で、約1600年前の4世紀後半に築造された。2022年、ここでは国宝級と[…続きを読む]

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