登山家としてその名が知られ始めた植村だが、続いては「冒険家 植村直己の原点」となった挑戦を振り返っていく。1968年、南米の最高峰・アコンカグアを制覇した植村の次なる目標は4つ目の大陸・北米の最高峰であるアラスカのマッキンリー登頂であった。この時南米大陸の太平洋側ペルーにいた植村だが、相変わらず先立つものが乏しかった。何とか南米から北米などの旅費を節約せねばならず世界第2位の長さを誇るアマゾン川を源流から河口までたった1人でイカダで下ることにした。ペルーからアメリカまでは飛行機で行くのが一般的だが植村はアマゾン川を下って大西洋側に出てそこからアメリカまで船で行こうと考えた。とはいえ川の中には獰猛な肉書魚であるピラニアがいて猛烈なスコールや高波で船が転覆することも珍しくなかった。それでもたった1人のアマゾン川下りは誰もやったことがない大冒険である。植村は資料を集めて計画を練り、そして作り上げたのが縦4m・横2.5mの滅多なことでは転覆しない大きく頑丈なイカダである。スコールを凌ぐための屋根や食事を作るためのキッチンも備えていて名前はアナ・マリア号であった。南米に渡るための船に乗り合わせた修道女の名を拝借していた。小柄で色白なこの女性に植村は恋をした。修道女が1人の人間を愛することは罪だと言われ辛い時は名前を呼びなさいとのことでその言葉は植村の心の支えとなった。4月20日、アナ・マリア号でアマゾン川下りスタートとなり毎日のように災難が襲いかかる。まるで八万奈落の底につき落とされるような心持ちで植村は必死に祈った。祈りの甲斐あってか大きく頑丈に作られたイカダは転覆することも壊れることもなく、スコールを乗り切った。だが一難去ってまた一難、ある日向こうから一艘の丸木舟が近づいてきてマチェーテという大きな刀を手にした目つきの鋭い2人の男が乗っていた。それは盗賊だとわかったがアナ・マリア号は頑丈で向こうの丸木舟は不安定なため戦えば有利かもしれないと思い戦うことにした。睨み合うこと数分、おそれをなしたか盗賊たちは船を返して逃げ去っていった。こうして出発から60日、アナ・マリア号はアマゾン川の河口に到着した。その後はエベレスト・マッキンリーに登頂し5大陸全ての最高峰を制覇するという世界初の偉業を成し遂げた。
