沖縄がアメリカ統治下だった1959年6月30日、嘉手納基地を飛び立った米軍の戦闘機が今のうるま市石川に墜落し、25棟の民家をなぎ倒したあと、宮森小学校の校舎に激突して炎上した。整備不良によるエンジントラブルが原因で、パイロットは墜落前に脱出したが、児童11人を含む18人が犠牲になり200人以上が怪我をした。宮森小学校では全校児童と遺族会の代表など約500人が参加して追悼集会が開かれた。追悼集会では子どもたちが「平和を訴えていく」決意を作られた歌「630の誓い」を合唱した。そして児童の代表が犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑に平和のメッセージが書き込まれた千羽鶴を手向けたあと、中庭に建てられた平和の鐘を鳴らした。宮森小学校では当時のことを伝える写真展が開かれ、きのうは児童たちが写真や資料を見て回った。写真展は事故を語り継ぐ活動をしている。「石川・宮森630会」が宮森小学校の敷地内で開いていて一般の人も見学可能。宮森小学校の児童はクラスごとに見学。児童の中には当時の校舎の配置図を今と重ね合わせて意見を述べ合う姿もあった。
