柱のない巨大水槽の仕事は世界の水槽メーカーから断られ続けた。諦めかけたとき、話を聞きたいと返答してきた会社が香川にある町工場だった。アクリル加工の町工場の社長・敷山靖洋が沖縄にやってきた。国場は「柱を失くしたアクリルパネルで巨大水槽は出来ますか」と単刀直入に切り出した。敷山はできますと即答した。敷山の息子の靖洋は、技術が確立してから受けているわけじゃないんですよ、と明かす。敷山たちの会社は国内では大手に押され、広く知られる存在ではなかった。しかし、モントレーベイ水族館(アメリカ)など海外の水槽を手掛け、コツコツと実績を積んできた。敷山は26年前に化学メーカーを脱サラ。100万円を元手に仲間6人とアクリルの会社を立ち上げた。きっかけは地元の水族館からハマチを360度見渡せる水槽の制作を懇願されたことだった。しかし、国内では大手に押され、水槽の仕事は少なかった。何度も倒産の危機に瀕し、鮮魚店の生簀などの仕事で食いつないだ。今回は世界の大手が尻込みする巨大水槽。敷山は答えてみせると意気込んだ。その後、香川で水槽の制作が始まった。現場の指揮は息子の靖洋に任された。水槽の大きさは高さ8.2m,幅22.5m。そこに7500トンの水が入る。巨大アクリルパネルにかかる水圧は規格外だった。まず水圧に耐えるため、アクリルパネルを16枚重ね、60cm幅にし、それを接着剤で7つつなぎ合わせ巨大パネルにするという作業だった。アクリルパネルを従来は寝かせてつなげるが重量は135トン。職人とともに悩みあぐねても答えが出ない日々が続いていた。限界だと思ったときにふらりと現れた敷山が、立てたまま繋げばいいと言った。しかしそれは諸刃の剣。アクリルを寝かせて接着すればプレスする力は均等ですむが、立てて接着すれば接着剤の重力が上部と底では全く異なる。工場の職人たちは力加減を調整しながら実験を繰り返した。5年物歳月が過ぎようとしていた。
そんな中、突然靖洋が国場の事務所に呼ばれた。あるアイディアで悩んでいると打ち明けられた。自然の光が差し込む場所を下から見上げられるアクアルームという場所についてだった。靖洋は、アクアルームのデザインで悩んでいると言われたという。どう設計しても鉄骨が必要になってしまい、視界を遮ってしまう。その時、靖洋が鉄骨を失くしてアクリルだけで支えませんか?と提案した。アクアルームは鉄骨を失くし、アーチ型がのアクリルの設計の急遽変更されることとなった。いよいよ水族館にはアクリルパネルが運ばれてきた。アクリルパネルが巨大すぎて建物から出せないから、接合に失敗すれば建物を壊すしかない。プロジェクトは山場に差し掛かった。
そんな中、突然靖洋が国場の事務所に呼ばれた。あるアイディアで悩んでいると打ち明けられた。自然の光が差し込む場所を下から見上げられるアクアルームという場所についてだった。靖洋は、アクアルームのデザインで悩んでいると言われたという。どう設計しても鉄骨が必要になってしまい、視界を遮ってしまう。その時、靖洋が鉄骨を失くしてアクリルだけで支えませんか?と提案した。アクアルームは鉄骨を失くし、アーチ型がのアクリルの設計の急遽変更されることとなった。いよいよ水族館にはアクリルパネルが運ばれてきた。アクリルパネルが巨大すぎて建物から出せないから、接合に失敗すれば建物を壊すしかない。プロジェクトは山場に差し掛かった。
