神奈川県横浜市から依頼人はカメラをかまえる瀬戸口修さん(73歳)。レトロなカメラ。出版社に勤めていて、中古カメラを譲ってもらったという。アイドル雑誌の編集部に配属。表紙のグラビアはハッセルブラッドで撮影するのが決まりだったという。編集担当で写真には詳しくなかったものの、仕上がりに毎回感動していたという。瀬戸口家のネコを撮影したがピンボケ。自社の雑誌で画家の特集が組まれ興味を持った。都内のギャラリーでリトグラフを買ったという。高額の買い物でテンションも上がりしばし店員と立ち話。すると1冊の本をおまけでくれたという。おまけで軽い気持ちで受け取り長年本棚にしまいっぱなしに。最近調べてみたところ珍品とわかりびっくり。アンディー・ウォーホルの「A Gold Book」。友人100人のために作った本だという。1949年ニューヨークの街角を行く普通の成年が13年後、世紀のポップアイコンになる。1928年ペンシルベニア州ピッツバーグの生まれ。両親はスロバキアからの貧しい移民だった。極端に内気な性格で優しい母のそばで絵を描くのが大好き。はやくに父をなくしたため大学で商業デザインを学んだ。1949年ニューヨークへ。初めて得た仕事は雑誌の挿絵。アートディレクターの目をひいたのは特徴的な描線。ブロッテド・ラインという染みつき線。吸水性の低い紙に描いた下絵をインクでなぞり、乾かないうちに別の紙に転写する版画。インクの量や紙の押し当て方により微妙に変化するにじみやかすれが面白い上、同じ下絵を使えば量産も可能。アンディー・ウォーホルはこれを武器にイラストレーターとして立つことを決意。臆病ではにかみや、自身の容姿に強いコンプレックスがあり、営業にまわるのも一苦労。そこで思いついたのが手作りの贈り物。ドローイングをまとめた作品集を友人やクライアントに贈った。愛猫や天使、カラフルなケーキ、手ずから彩色を施した。アンディー・ウォーホルに大きなチャンスをもたらした。有名シューズメーカーのキャンペーンに抜擢された。これを皮切りに売れっ子イラストレーターの仲間入りを果たした。この頃アンディーは友人と世界一周旅行へ。なかでも引きつけられたのがアジアの装飾や美術に使われた金。華やかで美しいものを愛したアンディー・ウォーホルにとって魅力的にうつった。旅から戻ると1冊の本を作った。「A Gold Book」。まばゆい金色の紙にブロッテドラインを駆使したドローイングは味わい深い。アンディー・ウォーホルはクライアントや友人たちにクリスマスプレゼントとして贈った。年下の画家ジャスパー・ジョーンズの日常的なものを淡々と描くことで芸術とは何かを問う姿勢に衝撃を受けると画家になることを決意。歴史に残る問題作を発表。何の変哲もないスープ缶が一つ。そこには詩的で繊細なイラストレーターのアンディーの姿はどこにもない。「A Gold Book」は19点のドローイング。なかには白地の紙にプリントされ手彩のほどこされたものも。発行部数はわずか100部で初期の作品でも入手困難。
