TVでた蔵トップ>> キーワード

「ウォレン・ハーディング」 のテレビ露出情報

1918年に第一次世界大戦は終結した。第一次世界大戦はアメリカに巨額の利益をもたらした。日本も大戦景気という好景気になり、輸出は3倍になったという。一方で戦勝国のフランスやイギリスは借金に苦しんでおり、アメリカから巨額の戦費を借りており、敗戦国のドイツに巨額な賠償金を課した。1923年にドイツの賠償金が滞るとフランス・ベルギー軍が ルール地方を占領した。ドイツではハイパーインフレになったが、ヤルマー・シャハトによって短期間でインフレを収束させた。
アメリカではモンロー主義が力を持つようになっていた。これはヨーロッパとの相互不干渉を掲げる思想だという。モンロー主義を信奉するウォレン・ハーディングが大統領になるとアメリカ企業を優遇し、輸入品には高い関税を課して外国製品を市場から締め出した。移民法も成立し、移民の受け入れも制限した。イタリアでは行き場を失った失業者が街に溢れ、人々の不満の受け皿は極右思想の若い政治家であるムッソリーニだった。
1929年にアメリカの株価が暴落した。世界を巻き込む大恐慌の始まりだ。アメリカは関税を上げて世界経済に急激なブレーキをかけた。日本はダメージを受けて、打開するために独自の経済圏構築のために動いた。ドイツは世界恐慌によってアメリカからの投資が引き上げられて失業率が高い状況になり、ヤルマー・シャハトはアドルフ・ヒトラーを首相に押した。シャハトは経済再建を目的にしていたが、ヒトラーは再軍備へ進んでいった。
中国大陸では満州国の建国後も日中両軍の衝突は絶えなかった。しかしそれは産業を刺激した。日本とドイツの軍備が進むと周辺国も軍拡に向かった。それが経済を押し上げることになる。1938年にヒトラーはオーストリアに進軍して併合した。ヒトラーは東方生存圏を確保するために東に進んでいった。
1939年にドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった。ヒトラーが再軍備を始めてからドイツの国防支出が増えて、失業率は完全雇用に近い水準まで回復していた。一方でアメリカの失業率はまだ高い状況だったので、イギリスなど同盟国に武器支援して経済を活性化させることにした。そしてアメリカが参戦するとアメリカの失業率は急激に改善し、1943年には完全雇用の水準まで回復し、アメリカは大恐慌を脱した。
満州の鞍山製鉄所は日産の傘下になっていた。経済的利益を求めた末に戦争は6年間続いた。その間に世界は8000万人の命という取り返しのつかないものを失った。1945年にドイツは再び敗戦国になった。3ヶ月後に日本も降伏し、巨大財閥は解体された。ジョン・メイナード・ケインズは国歌が自らの利益だけを追及することについては、経済的合理性がないことを訴え続けた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月19日放送 22:00 - 22:45 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト(オープニング)
世界大恐慌によってブロック経済が広がり、そのことによって輸出大国の日本は大打撃を受け、世界貿易は大恐慌前の4割までに激減した。ドイツではヒトラーが台頭し、東方生存圏への思想に繋がっていった。日本も大東亜共栄圏を掲げて、資源が豊富な東南アジアへ進出していった。

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.