二階堂ふみが沖縄本島南部の久高島を訪ねる。島の周囲はわずか8キロの小さな島だが「神の島」と呼ばれている。人口は200人余で今も神と共にある暮らしが位置づいている。島には至る所に神様への祈りを捧げる拝所があった。イザイホーとは30代を迎えた島の女性が神事を扱うカミンチュ(神人)となるための儀式のこと。カミンチュとなると年間30回近くもある島の祭祀を40年に渡って取り仕切る。12年に1度しか行われないイザイホーは後継者不足などで46年前を最後に行われていない。しかし今でも神への祈りは島の暮らしに根付いている。毎朝、決まった時間に島の神様に祈りを捧げる。かつて島には神々がすむ楽園(ニライカナイ)から五穀の種が入った壷が流れ着いたと伝えられている。ここから沖縄全土へと穀物の栽培が伝わったとされ、かつての琉球王国も島を大切に扱った。畑では五穀の1つアカマメと呼ばれる小豆が収穫の時期を迎えていた。畑は全て神様から与えられたもの。そのため個人で所有することはなく畑の境界は石で仕切られているだけ。大規模な開発が進むこともなかった。道路もみんなのもの。島の住民たちが自分達の手で協力してつくってきた。翌朝、久高島の最北端カベール岬を訪ねた。かつて沖縄をつくった神様が最初に降り立った場所と伝えられている。