TVでた蔵トップ>> キーワード

「カンカン」 のテレビ露出情報

今も日本を賑わせるパンダの先駆けとなったのは半世紀以上前にやってきたランラン・カンカン。2頭の受け入れの裏には飼育員らの悪戦苦闘の日々があった。昭和47年9月29日、当時の総理大臣・田中角栄は中国との国交を樹立。官房長官の会見でパンダ一対が日本に贈られることが報告された。当時、パンダは四川省の山奥に1200頭生息すると言われる希少動物。官房長官に呼び出された上野動物園飼育課長はパンダの受け入れを打診される。ところが飼育員の中にパンダの飼育方法を知るものはいない。そこでトラの本間と呼ばれる本間勝男を頼った。 
昭和47年10月28日、パンダを乗せた専用機が羽田空港に到着。空港で2頭を出迎えた本間は異変はないかと頻繁にコンテナを覗き込んだ。上野動物園に運ばれた2頭は報道陣の前へ。10分間のお披露目の後は、用意された別々の檻に入れられた。一夜明け、エサの時間に竹や笹を檻の前に置くも2頭は口をつけようとしない。すると、中国から付き添ってきた飼育責任者から「そんな笹 パンダは食べません」と厳しい声が。中国の竹や笹はもっと柔らかいのだと指摘される。本間は飼育員に笹などの調達を指示するも、調達できるまでは他のもので凌ぐしかない。結局この日、ランランが口にしたのは牛乳とリンゴ、柿。1日20キロの竹を食べるパンダにとっては命に関わる問題。エサに口をつけないのは飼育員を警戒しているためではないかと考えた本間は2頭に話しかける。3日後、なんとか9種類の竹や笹を集めることができた。丹沢の竹は匂いをかいだだけで食べず。箱根の竹もだめ。なんとか食べたのは栃木県でとれた孟宗竹だった。わからないことはパンダに聞くしかないと本間はこれまで以上にパンダに話しかけるようになった。
パンダ来日8日目。一般公開を翌日に控え、本間は不安を感じていた。野生動物が新しい環境に慣れるには3月かかると言われている。一般公開当日、パンダをひと目見ようと動物園の前には2キロ以上の行列ができていた。観客はざわめきとともに押し寄せた。異様な状況に2頭は落ち着きをなくし、檻の中を激しく動き回った。特にランランは肩で息をするほど激しく動き回った。2時間後、一般公開中止となった。そして一般公開3日目、園長らが集まり、会議を行った。パンダの公開を続けるべきかどうか。会議は深夜まで及び、結論は「パンダ週休二日制」「観覧は午前中2時間のみ」。この決断が功を奏し、2頭は元気を取り戻した。食欲も戻り、観客の前で遊ぶ姿を披露するまでになった。こうして日本での生活が軌道に乗り始めた2頭。やがて二世誕生というミッションに挑むことになる。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年6月18日放送 22:00 - 22:57 TBS
週刊さんまとマツコ出生数約203万人!第二次ベビーブームが生んだ闇 昭和イチヤバい!?72年生まれの集いSP
昭和イチヤバい!?1972年がどんな年だったのかを振り返った。あさま山荘事件で連日テレビ中継され総世帯視聴率は89.7%を記録(ビデオリサーチ調べ)。その現場で機動隊員が食べていたカップヌードルが飛ぶように売れた。さらに日本で初めてジャイアントパンダのカンカン、ランランが来日。上野動物園は長蛇の列ができた。そして第二次ベビーブームが到来。出生数は2025年の[…続きを読む]

2026年5月3日放送 12:00 - 12:55 テレビ朝日
ビートたけしのTVタックル物価高騰!値上げラッシュ!円安で海外旅行も行けない!? 昭和のGWから紐解く令和の大問題SP
ことしは、昭和満100年。GWの旅行事情から令和の問題を紐解く。高度経済成長期のGWの様子。JTB総合研究所の早野氏はこの時代の旅行について、「旅行が大衆化してきた」。旅の足となったのは、電車やバス。昭和48年まで、為替は固定相場制、1ドル=360円。昭和40年にはマイカー旅行がトレンドに。昭和47年、乗用車の保有数が1000万台を超えた。これにより渋滞が増[…続きを読む]

2026年4月27日放送 10:10 - 10:40 テレビ朝日
じゅん散歩(じゅん散歩)
高田純次は恩賜上野動物園を訪れた。これまで数々のスターが誕生し戦争のあと人気を博したのがお猿電車やインディラ。昭和47年カンカンとランランが来日し空前の大フィーバーとなった。高田純次はオグロプレーリードッグなどを観察した。

2026年3月26日放送 19:00 - 20:58 TBS
クイズ!昭和100年プラス(クイズ!昭和100年+)
昭和2年に上野~浅草間に日本初の地下鉄が開通した。上野のシンボルであるパンダは1972年に最初に日本にやってきた。「パンダの名前はカンカンと?」と出題された。正解はランラン。

2026年3月25日放送 3:10 - 3:40 NHK総合
1970’s グラフィティー A to ZPART2 N to Z
天地真理「ひとりじゃないの」に乗せて1970年代の映像が流れた。1972年、日中国交正常化。有効の証として二頭のパンダ、カンカンとランランがやってきて、上野動物園には行列ができた。

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.